諏訪君がモジモジしながら口を挟む。

「これから稟議を書くんです。僕、こんな大きな案件の稟議、書いたことなくて自信ないんです」
「大丈夫だ。心配するな。みんなで手分けしよう。いいよな、村上、目黒」

 私より2歳上の村上さんと一緒にうなずく。

「よし、2日で仕上げるぞ。村上は業績推移表を作ってくれ。目黒は担保になる不動産の評価を頼む」
「明日の午前中、桜田工業の近くを通りますから、写真を撮って評価報告を作ります」私は即答する。
「よしっ! 俺は稟議書の骨子を書き上げる。諏訪は意見を書け。おまえがどんだけこの案件をやりたいか、気持ちこめて書けよ」
「はい、もちろんです!」

 諏訪君の目の色が変わった。独身寮に入寮してから1年弱。寮生4人がこんなにも熱く語り合ったのは初めてだった。同僚とともに大きな仕事に取り組めることに私の心も沸き立っていた。われわれはワンチームだった。

 翌日の夕方の報告会、寺川支店長がいつものように罵声を飛ばしたが、まったく耳に残らなかった。そんなことよりも私たち4人には立ち向かう目標があった。

 早く仕上げたい。その一心で4人は寮のリビングで徹夜で稟議を仕上げた。一人でやれば1週間はかかる作業が、2日で終わった。完成した稟議書は私の目から見ても完璧なものだった。

 その翌朝、矢野課長は机の上の稟議書を見て、目を丸くした。

「これ、この前話してた桜田工業の設備資金だろ? 諏訪、よく書けたな」

 課長はあっという間に回覧印を押し、副支店長にまわした。副支店長も同じリアクションですぐに回覧した。その様子を見た西山さんが親指を立てるのを見て、お互いに顔を見合わせて笑った。

 10億円くらいの融資金額になると、地方支店の支店長に権限はなく、本部の審査部が決裁する。支店がアクセルを踏むところに、ブレーキをかけるのが審査部の役目だ。われわれはそこがヤマになると踏んでいた。審査部を突破できるかどうか……。