予習して人に会うのは
低コスト高パフォーマンス

 あるいはこうも描かれている。「実際に私は手書きの大雑把なマップを色分けして作るようになる。その人の体験、仕事の確執、戦略にたどり着くまでの試行錯誤のプロセス、時代との絡み、家族のこと、仲間との確執、心に抱いた傷、本当のところ何を拠りどころにしてきたのか、そしてその人が目指してやまない人生の核とは何か。聞きたいことを色分けして臨むと、相手と話しながら、その言葉に対してつけた黄色とか赤とか、色を感じるようになっていった」

 そこまでされたら、相手はすべて把握されているようなものだ。もちろん、日々の仕事で出会うすべての人に田中さんがやったような準備をする必要もないし、する時間もないだろう。しかし、本当のプロを相手にする本当のプロというのは、このくらいの予習をして事に臨むのである。でなければ、すぐにクレームが来て、担当から外されてしまうのだ。

 ところで、別の機会に田中さんが、初対面だった何人かの人を少し観察しただけで、その人たちのおおよその経歴や趣味や興味のあり方を当ててみせたことがあった。まるで、初めてワトソンに引き合わされたシャーロック・ホームズが、開口一番「アフガニスタンに行っていましたね」と言い当てて、ワトソンの度肝を抜く場面を思い起こさせた。

 今日も同じ文面の商品案内を各社のinfoあてに送り続ける毎日を繰り返している諸兄には、できれば早めにその業務から脱出し、最低でも第一レベルの把握をしたうえでアプローチできるような仕事に変わってほしい。マシーンはやがて、本当のマシーン(AI)にとって替わられる。その前に、人間らしい仕事にチャレンジしてもらうとともに、その面白さに気づいてもらいたいと思う。

 今回述べたようなことは、ほとんど費用をかけなくてできる訓練であり、そうして培い、鍛えられた、人と会うための準備のノウハウや、ひいては他人に対する洞察力は、下手な「リスキリング」よりよほど汎用的で、効果的であり、したくなくても「出世」してしまうかもしれない。さらに熟練すれば、営業に限らず歓心を買いたい人物に応用できたり、名探偵気分を味わえたりするかもしれないのだ。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)