田崎 基 著
末端の受け子や出し子が手にした現金やキャッシュカードは、面と向かって受け渡すことなどしない。授受の場所として使われやすいのは暗証番号式か二次元コード式の「キーレスコインロッカー」や、公衆トイレだ。この「分断策」について捜査関係者はこう説明する。
「証拠を残さないことで捜査網から逃れるという目的だけではない。個々の犯人たちの「犯罪意識」を希薄化させる効果がある」
「騙したのは俺じゃない」「金を取ったのは俺じゃない」「運んだだけだ」「俺は人を手配しただけ」
特殊詐欺に関わったとして逮捕された容疑者が決まり文句のようにこう言い訳する。しかし、そんな言い訳は通用しない。刑法第60条(共同正犯)は、「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」と定める。詐欺行為の一端を担っただけだとしても、共同正犯となれば、自ら実行しなかった行為から生じた結果についても、全責任を負わされる。それが「共同正犯」だ。末端の上原もまた、受け取った報酬だけでなく、被害額全てについて起訴事実として問われ、懲役3年6月の実刑判決を受けた。
「闇バイト」を始めた上原の元には、指示役の男からいくつもの「詐欺マニュアル」が届いた。絵や図が多用され、丁寧に分かりやすく解説されていた。
キャッシュカードのすり替えでは封筒を2つ用意し、一方にはポイントカードなどのダミーを入れておく。被害者のキャッシュカードを預かり、空の封筒に入れて封印した後、隙を突いて重ねた2枚の封筒をひっくり返してすり替える――。そのほかにも「明るく「こんにちは」と挨拶」など、具体的な会話例まで記載されていた。マニュアルの末尾にはポップな字体でこう書かれていた。
「元気! 笑顔! この2つだけでお年寄りはあなたを信用します!」