企業価値を高めるためにも「育業」推進が必要
前述の東京都産業労働局による調査では、男性の「育業」取得率が伸び悩む要因として、7割弱の男性従業員が「(取得者の)代替要員の確保が困難」を挙げている。人手不足が慢性化しているなか、育業中の業務フォローは、とりわけ、中小企業において切実な問題であることはたしかだ。かつて、「HRオンライン」のインタビュー*6 に出演した有識者は、「育休取得者の仕事をカバーした社員の気持ちの中に『出産する人は優遇されるが、自分は仕事量が増えただけ』という不公平感が生じるとうまくいかなくなってしまう。取得率のアップを目指すなら、カバーにまわった社員の人事評価や給与への反映について再考すべき」という見解だった。育児・介護休業による欠員は、人事部や該当職場の管理職などによる“業務フォローを行う従業員への配慮”が必要だ。「何かあったときはお互いさま」という職場の雰囲気が、結果的に組織全体を強くしていくのだろう。
都では、従業員の育業推進を支援するため、従業員に希望する期間の育業をさせた企業への支援も行っている。
*6 HRオンライン▶男性社員の「育休」取得は、組織や企業をこれからどう変えていくのか
中島 2018年度に産業労働局が男性の育業を推進する企業に対する奨励金を創設しました。初年度の利用実績は30件程度でしたが、2021年度には年間700件程度まで増え、この奨励金を利用して男性従業員が育業した企業は3年間で20倍以上に増えたことになります。また、2022年度には、育児・介護休業法の改正で育業を分割取得できるようになったことなどを契機として、夫婦双方での育業を後押しするために、新たな奨励金も創設しています。さらに、2023年度には、複数の男性従業員に育業させ、継続的に育業しやすい職場環境整備を行った企業に、育業する人数に応じて奨励金を支給する事業の予算案が計上されています。この奨励金は、代替要員の雇用や派遣スタッフの確保のほか、社内での応援体制など、企業の実情に応じて柔軟に活用できます。詳細はホームページ*7 をご覧いただき、ぜひ活用してください。
従業員が「育業」することによって、所属部署の労働力が不足することはどの組織でもあり得るだろう。そうした、目先のデメリットを回避するために、男性の「育業」に積極的になれない企業も少なくない。しかし、「育業」し、育児を行ったうえで職場に復帰した従業員は、時間の使い方がうまくなり、物事への視野が広がり、マネジメント能力が上がる傾向もあるという。個々人のこうした変化が組織のイノベーションにつながる可能性は高く、長い目で見れば、「育業」は組織にとってメリットがあると考えられる。
中島 育業明けの従業員の変化に加え、最近の若い人たちはワーク・ライフ・バランスを重視して職場を選ぶ傾向があります。取得率を上げることが採用に向けた企業のブランディングにつながり、求職者の好感度は上がっていくはずです。民間企業が行った大学生を対象にしたアンケート*8 では、男子大学生の9割弱が「子どもが生まれたら育休したい」と答え、転職情報サービスの企業が企業と個人を対象に行った調査*9 では、「育休取得率の高さは転職時の応募動機に影響すると思うか?」という問いに対して、7割以上が「そう思う」と答えています。また、ダイバーシティ&インクルージョンを推進している財団の調査*10 では、「育休を取得した男性」のうち6割弱が取得日数を「7日以内」と答えていますが、これに対し、「育休取得を希望する男性」の約半数は「1カ月以上」の取得を望んでいて、現実との落差が見て取れます。今後、ある程度まとまった日数で育業できるかどうかは、就職先選びのひとつの判断材料となるでしょう。いまや、学生や若いビジネスパーソンにとって、「子どもが生まれたら、育業する(したい)」という考えは当たり前のもの。企業としては、この人材難の時代に就職先として選ばれなかったり、離職率が上がったりすることを避けるためにも「育業」取得率のアップが急がれます。
*8 株式会社ベネッセコーポレーション たまひよ Z世代の妊娠出産育児に関する意識調査
*9 パーソルキャリア株式会社 dodaビジネスパーソンと企業の転職意識ギャップ調査 第2回「男性育休」
*10 公益財団法人21世紀職業財団 男女正社員対象 ダイバーシティ&インクルージョン推進状況調査(2022)