離職防止や企業ブランディングにつながる「育業」

 生産性を高めつつ「育業」取得率を上げることは、企業にとって容易なことではないが、独自の取り組みで成果を上げている企業も少なくない。東京都の「育業」の趣旨に賛同している「育業」応援企業*11 は、2023年1月現在、中小企業も含めて約150社――それぞれの企業の取り組みについては、東京都が運営する「こどもスマイルムーブメント」のサイトから知ることができる。都が独自に取材し、オウンドメディアで紹介したり、朝のテレビ番組で取り上げられる企業もある。

*11 東京都では、「育業」の趣旨に賛同し、「育業」の推進に取り組む企業・団体、登録された企業を「育業」応援企業としている。

中島 たとえば、保育サービスを運営している、ある企業では、「社員の年齢層や過去の実績を踏まえ、育業するであろう人数について、あらかじめその分の余裕をもって採用している」と言います。そうすることで、誰かが抜けた際の影響を最小限に留められるとのこと。この企業は、「人材難だからこそ、子どもが生まれたら、当たり前に育業できるようにすることで、働き手をしっかり確保できる」という考えをお持ちです。人材確保が難しい保育業界における人材採用・離職防止のための施策として、育業に取り組んでいるということでした。

 また、女性の育業について、ある製造業の企業では、「かつては、出産したら退職するのが当たり前」という風潮だったそうです。しかし、「採用して、一人前になるまでに2〜3年かかるのに、妊娠・出産で辞められてしまうのはもったいない。しっかり育業してもらい、復帰した後も、短時間勤務や企業内保育サービスなど、育児と仕事を両立できる環境を整えることで優秀な人材に長く活躍してもらえる」と経営者が考えるようになり、風向きが変わったそうです。採用にも好影響があり、求人への応募は10倍に増えたとのこと。こうした事例から、従業員の育業をネガティブに捉えるのではなく、採用や離職防止の一手段としてポジティブに捉えることができます。また、育業キャンペーンで公開している動画のなかで、ある有名企業の経営者は「以前は離職率が約3割もあったが、育業をはじめとする働き方の見直しに取り組み始めたところ大幅に下がった」とお話しされています。

「我が社も『育業』を積極的に推進しているので、東京都のメディアで紹介してほしい」という企業さんがあれば、ぜひ、お声をかけてください。

「育休」から「育業」へ――いま、企業経営者や人事担当者に必要な視点とは?東京都が運営するウェブサイト「こどもスマイルムーブメント」では、育業応援企業・団体の取り組みを紹介する記事や動画(テレビ放映されたもの)をはじめ、育業応援企業・団体一覧なども見ることができる

 都では、発信力のある企業やSNSのインフルエンサーに協力を求めながら、子育て当事者だけではなく、社会の将来を担う若者や企業経営層などに向けても、「育業」についての幅広い情報発信を行っている。ベビー用品メーカーや子育て情報誌とのコラボ企画、子育て当事者中である著名人のYouTubeチャンネルなども好調だ。「サラ川*12 」のスピンオフとして、主催企業と共同で開催した「『育業』川柳コンクール」*13 も盛り上がりを見せた。そして、このようなキャンペーンや企業とのコラボレーションが、都内に限らず、全国に向けた発信であることも大きな特徴だ。

*12 「サラっと一句!わたしの川柳コンクール」の略称。2022年より名称を「サラリーマン川柳コンクール」から改名
*13 「『育業』川柳コンクール」はこちらを参照(PDFにリンク)

中島 そもそも、育休取得率のアップは政府の重要方針ですから、私たち東京都のこうした動きをひとつのきっかけとして、全国に気運が広がっていけばいいですね。もちろん、他の都道府県が「育業」という言葉を使うこともウェルカムです。そもそも、東京都に勤めている方のなかには千葉・埼玉・神奈川などに住んでいる方も多いので。

育休川柳イメージ東京都が、「サラっと一句!わたしの川柳コンクール」の主催企業と共同で開催した「『育業』川柳コンクール」(リンク先はPDF)は盛り上がりを見せた

 今年2023年の4月から、従業員1000人以上の企業には「育業」取得状況の公表*14 が義務づけられる。21世紀職業財団の最新調査*15 によれば、大企業で「男性の長期育児休業が取得しやすいと思っている」という回答は3割に満たないが、大企業が男性「育業」取得率のアップに向けて本腰を入れていけば、中小企業に波及し、社会全体の動きが変わる可能性も高い。これから、企業経営者や人事担当者はどのような視点で、従業員の“育業”に向き合うべきか?

*14 厚生労働省 男性の育児休業取得率等の公表について
*15 男女正社員対象 ダイバーシティ&インクルージョン推進状況調査(2022)

中島 今後、取得状況の公表が義務化されるなかで懸念されるのは、率先して取り組む企業と最初から諦めてしまう企業の二極化です。育業を推進することが、従業員のワーク・ライフ・バランスの向上だけではなく、離職防止や企業ブランディングにつながるという視点を持っていただきたいです。働く仲間が職場から一定期間いなくなることの大変さは私自身も経験していますが、何より避けたいのは、若手従業員の間に「育休を取るのは難しい」「子ども2人はあり得ない」といった考えが広がることです。「育業」という言葉のコンセプトそのものですが、子どもを育てていくのは、未来を育む大事な仕事――都としては、その支援を強化しつつ、「育業」を前向きに感じていただける発信を続けていきたいと思っています。一社でも多くの企業に「育業」を進めていただけたらうれいしいです。