アスリートたちが行っているリフレクションは…

 リフレクションの捉え方の第2が、デューイの考え方に影響を受け、行為の最中に、不確実で不安定な独自の状況と対話する「行為の中の内省」(reflection in action)の重要性を提示した、ドナルド・ショーンの理論である。具体的には、「自分が活動している状況と対話しながら、状況を意味づけ(評価)、問題解決の手立てを考え(行為)、更に状況を意味づける(再評価)というステップを繰り返していくこと」が行為の中の内省であり、「評価→行為→再評価」というプロセスを通して、問題を解決することを「内省的実践(reflective practice)」と呼んでいる。

 難しい言葉が並ぶが、これも事例を挙げて説明をしてみたい。私がセミナーなどに登壇する際の事例である。事前にセミナーの担当者から聞いた、おとなしい受講者が多いとの情報を踏まえて、グループごとの対話に、講師である私が介入することを想定していた(評価)。しかし、最初のワークで想定以上に受講者同士の対話が盛り上がっていた。そこで対話を妨げる可能性のある、講師による介入をやめた(行為)。さらに、受講者同士の対話による学びが大きいと考え、その後の受講者同士のワークの時間を、予定よりも多く取ることにした(再評価)。シンプルに考えるとこうしたケースになるが、この時に肝となるのが、自分が持っている知識やスキルでは解決することが難しい問題を、状況と対話しながら、自分が持っているレパートリーを一次的な解決策とみなし、試行錯誤しながら、新しい解決策を探求しようとする姿勢である。

 第3に、デューイの考え方を様々な分野に適用しやすい循環モデルとして提唱したのが上述したデービッド・コルブである。「具体的経験」「内省的観察」「抽象的概念化」「積極的実験」の4つのステップから構成されている、コルブの経験学習サイクルは、企業(組織)の人材開発担当者に最も馴染みの深いモデルであろう。

 この中の、内省的観察、抽象的概念化がリフレクションに該当すると考えられるが、コルブによると、「内省的観察」において、個人は状況を注意深く観察することで、状況の意味を理解する。そして、「抽象的概念化」によって、個人は、論理的で科学的な思考を通して、状況やアイデアをより厳密に分析することで自分なりの理論や教訓を導く。

 この考え方を自分の成長のために最も活用しているのが、アスリートである。例えば、北京五輪のスピードスケートで金メダルを取った高木美帆さんは次のような習慣を持っている。「練習後、部屋で一人きりになってスケートに向き合う時間を作り、 気になったポイントをノートに書き留めるのが日課になっている。毎日似たようなことをやっていますから、気づいた点は書いておかないとどんどん忘れる。スキル的なポイントだけではなく、練習がきつくなってきたら、どういうメンタルで臨むと乗り越えられるかもメモします」(マガジンハウス刊『Tarzan』2018年7月12日号より引用)。まさしく、これはリフレクションであろう。

 同様に、元サッカー日本代表で、スコットランドなどでも活躍した中村俊輔さんも、リフレクションを実践している。中村俊輔さんの著書『夢をかなえるサッカーノート』(文藝春秋刊)によると、中村氏は17歳の時から、サッカーノートをつけている。その内容は、目標、ゲーム、トレーニング、メンタル、イメージ、記録と幅広いが、その中のゲームの書き方を紹介する。試合前には、ミーティングの内容、フォーメーションを書く。要はゲームプランである。そして、試合後には、スコア、自己採点、試合後の反省、次に向けての課題、試合中有効だったシーンを書く。スコアは具体的経験に該当する。自己採点と試合後の反省、試合中有効だったシーンが内省的観察にあたる。試合後の反省と書いてあるが、実際には、攻守両面のプラスポイントとマイナスポイントが書かれているので、内省といえよう。最後に、次に向けての課題が抽象的概念化に該当する。

 私の、研修先企業の受講者には体育会出身者が多い。しかも、インターハイ経験者など、かなりハイレベルなアスリートである。彼ら彼女らに経験学習の話をすると、学生時代に競技力向上のために、コーチに勧められ、意図せずに経験学習のサイクルを回していた人が多い。しかし、社会人になると経験学習をすっかり忘れてしまい、仕事に経験学習を適用しなくなってしまうのが不思議なところである。

 リフレクションの捉え方の第4として、習慣やこれまでの方法についての混乱なしに内省的思考はないという批判に対応して生まれたのがジャック・メジローの変容的学習である。メジローは、学習を、個人の信念に基づいている前提を再評価し、新しいものの見方を生成し、行動の基本を変化させていくことと定義した上で、そうした学習のために「批判的内省」が欠かせないと述べている。その上で、リフレクションを「問題を解決するためのプロセスや方法に関する仮説を批判的に検討することである」と定義している。仕事柄、私は多くの教え上手のマネジャーにインタビューする機会がある。その中に、「昔、私はパワハラ上司で、部下に凄くプレッシャーをかけていた」と語るマネジャーが一定数存在する。「しかし、振り返ると、部下たちは、やりがいがなく、仕事をつまらなそうにしている。結局、自分の力だけではどうにもならない。一人ひとりがやる気になるように、自分はチームで仕事を進める上での潤滑油になることだと悟った」と語りは続く。すなわち、このマネジャーは、これまでの、「リーダーは一人でメンバーを引っ張っていくもの」という信念を棄却し、一人ひとりの強みを生かすリーダーシップの方がチームはうまくいくという、新しい信念を手に入れたということであろう。

 以上、代表的なリフレクションに関する概念を説明した。それでは、リフレクションを個人のキャリアアップやリスキリングのためにどのように取り込めばよいのかを検討してみよう。