人間関係を良くし、企業・組織を強くする心理学

 龍谷大学の「自省利他」は、自己的な考え方や行動がないかを、常に自分で省みて、他(=自然・社会・人)の幸せや利益を追求することを意味する。「あくまでも、私個人の考えですが……」と前置きしたうえで、水口先生は「利他」についての考え方を述べた。

水口 「利他」という言葉から、私たち日本人は、献身の姿勢をイメージし、「そんなに高い志は無理」と思う方もいるでしょう。「自分よりも他人に……という余裕は私にはありません」と。「利他」行為を心理学的にアプローチすると、「返報性の原理」に考えが至ります。 “お返し”の心理です。人は、モノでも行為でも、他者から何かを受け取ったら、そのお礼として、別のモノや行為を返したくなります。しかも、もらった側は、返すときに、より大きく返そうとする。そこで、「情けは人の為ならず*8 」を、「利他」につなげて考えてもよいと私は考えています。恩を受けた人・恩を返してもらった人のどちらも嫌な思いをせず、「他者のため」は「自分のため」になる。ただ、恩が返ってくることをいつも期待すると、それがなかったときに、「どうして?」と不満を感じてしまうので、“10回のうち、3回返ってきたら儲けもの”くらいの構えが良いと思います。実は、ビジネス心理学の観点から見れば、自己犠牲だけで他者から見返りを求めない場合、その方の生産性はそれほど高くなりません。もちろん、自己犠牲による「利他」行為は素晴らしいのですが、ある程度は、他者からの見返りを期待し、与えるばかりではなく、回収する気持ちも良しとする――私が考える「利他」行為は、自分を滅するものではなく、 “恩の循環”をもたらすものです。

*8 他者に情けを掛けることで、自分に良い報いが返ってくるという考え方

「浄土真宗の精神」を「建学の精神」とする龍谷大学は、今年2023年4月に心理学部を新設する*9 。人と人の「心のつながり」を重視し、対人支援の実践的スキルを身につけられるように、学びの環境を整え、新たな心理学的アプローチを導入するという*10 。水口先生はその心理学部の教授に就任し、ビジネスパーソンをはじめとした“未来の社会人”を育てていく。現在、文学部で心理学を学んでいる就活生や心理学部に入学する学生たち――やがて、彼ら彼女たちを受け入れる企業・団体に望むことは何か?

*9 龍谷大学 心理学特設サイト 参照
*10 龍谷大学 入澤崇学長メッセージ 「心理学部」開設にあたって 参照

浄土真宗の精神を建学の精神とする龍谷大学。今年2023年4月には心理学部を設置し、人と人との「つながり」を見つめ、「心」に向き合う心理学を目指していく。写真(下)は、国の重要文化財にも指定されている、大宮キャンパスの本館。

水口 心理学によって人間関係が良化することや生産性が高まることを、私はビジネス分野の視点から学生に伝えています。ベースのスキルとなる傾聴力や質問力に加え、対人コミュニケーションのコツや内省の意義を知ることは、働く現場で大いに役立つでしょう。

 学生を受け入れていく企業には、「どのような人材が必要なのか」を、より具体的に発信していただきたいです。よくあるのは、「自分の強みを生かして、自分の頭で考えられる人材を求む」といったものですが、志望する学生が筆記試験のために膨大な時間を費やしているのを見ると、企業側の姿勢に矛盾を感じます。「どのような人材が必要なのか」がわかれば、大学の教育や教員の指導はいっそう的確になりますし、「我が社が求める人材は、一に○○、二に□□、三に△△」「我が社に合わない人材は、一に○○、二に□□、三に△△」と明示されれば、企業と志望学生のミスマッチは減るはずです。「企業理念」はホームページなどで知ることができますが、「この会社の方向性は私に合っている!」と学生が即座に思えるような噛みくだいたものが理想です。重宝されている人材の情報によって、心理学を専攻する学生たちの活躍の場も拡がっていくでしょう。

 上司から部下への誤った指導や先輩・後輩の考え方の行き違いなど、さまざまな人がそれぞれの価値観で働く職場にはあらゆる火種がある。火種は、相手への適度な関心や正しいコミュニケーションで減っていく。そして、お互いの「心」を知ることが良好な職場をつくり、組織を強くしていくのだ。

水口 企業の優劣を決めるポイントとして、かつては生産効率が重視されましたが、次第に人材マネジメントへシフトしつつあるのではないでしょうか。“人を動かす力のある組織かどうか”が問われる時代への転換期です。部下に効果的な指導のできる上司がどれだけいるか、従業員の心に寄り添った経営ができているか――職場の心理的安全性の大切さを多くの企業が理解し始めたいまだからこそ、ビジネスの現場に心理学がよりいっそう必要になっていくに違いありません。