人生100年時代
成長だけのキャリアでは行き詰まる
最後に、定年後の幸せな働き方と切っても切れない関係にあるのが、「高い収入や栄誉」を目指す就労観である。
20代を含む若い世代では、多くの人がこの価値観を重要だと感じている。多かれ少なかれこのような考え方は若い時には誰しもが持っているものである。そして、先述のように、仕事を通じて他者と切磋琢磨し、キャリアの頂点を目指したいと思う気持ちは、パフォーマンス高く仕事を行うための原動力となる大切な考え方でもある。
しかし、年齢を重ねるにつれて、こうした考え方の重要度は著しく下がっていく。
組織における出世争いは熾烈である。数少ないポストを多くの人が争うことから、勝ち残れる人はごくわずか。大多数はどこかの段階で出世レースからふるい落とされることになる。若い頃、組織において重要な役割を任されたいと考えていた人であっても、その願いを完全にかなえられる人はほとんどおらず、またそれをかなえられた少数派にとってもどこかの段階でキャリアの階段を下る局面は必ず訪れる。
だからといって、壮年期においてキャリアの途中で競争から降りるわけにもなかなかいかない。現役時代にはそれぞれが自身の守るべき生活があって、仕事における競争から完全に距離を置くことは現実問題として許されないからである。定年前には、多くが競争社会のなかで一定の役割を果たさなければならず、仕事における競争から無縁でいられる人は多くない。
しかし、定年を迎える頃になると、個々人をとりまく状況は大きく変化する。自身の能力の限界を感じ、仕事の負荷が小さくなっていくと同時に、稼ぐべき収入額が急速に低下していくのである。
人生100年時代となり、人々のキャリアが長期化するなか、成長だけを追い求め続ける働き方はどこかの段階で必ず立ち行かなくなる。そのタイミングで、これまで仕事において大事にしていた考え方を捨て去ることができなければ、こだわりはむしろ精神的な重荷になってしまうだろう。
なぜ人は50代で仕事に対して意義を失い、迷う経験をするのか。これはつまるところ、定年を前にして「高い収入や栄誉」を追い求め続けるキャリアから転換しなければいけないという事実に、多くの人が直面しているからだと考えられる。他者との競争に打ち勝ち、キャリアの高みを目指したいという考え方をどのようにして諦めることができるか。それが、定年後に幸せな生活を送れるかどうかを大きく左右するのである。
『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)坂本貴志 著
人生100年時代という概念は、現代において着実に世の中に浸透してきている。将来的には、70歳や80歳になっても働くことが当たり前の社会が訪れるだろう。就業の長期化が進む現代においては、自身の成長だけを考えていれば済むような単線型のキャリアを許してはくれない。
従来のままの自分ではいられないと気づいたとき、これまで培ってきた就労観をいかに転換することができるか。ここに失敗してしまい、過去の仕事における地位や役職に恋々とすることで、新しい仕事に前向きに取り組むことができないシニアも一定数存在する。しかし、そのような人は実は多数派ではない。
就労観の転換は難しいことであるが、それにもかかわらず、現に多くの人々がこの難題に真摯に向き合い、うまく乗り越えていることもまた事実だということが、データからはわかるのである。







