シニア社員のパラレルキャリアの「守り」と「攻め」

 中井先生は、若手社員(20代・30代)とミドル(40代)&シニア社員(50代以上)とでは、「パラレルキャリア」の意味合いが異なると説く。若手社員のパラレルキャリアは個人の成長と組織への貢献の色彩が濃いが、ミドル&シニア社員の「パラレルキャリア」は必ずしもそうではない。

 役職定年や定年退職が迫っているような50代以上のシニア社員にも「パラレルキャリア」が必要な理由は何か?

中井 ビジネスパーソンを取り巻く社会環境の変化が大きいです。超高齢社会の中で、一人ひとりの60歳以降の人生が長くなり、「キャリアの第2章」が存在するようになりました。その「第2章」を豊かなものにするために必要となるのがパラレルキャリアです。いまや、「悠々自適」「隠居」という言葉は「死語」となり、定年後のシニアが行っていたような単純作業はAIに取って代わられ、これから始まる第2章のために、「自分ならではのスキル」を磨かなければなりません。

 企業・組織の在り方や位置づけも変化してきています。家族主義的な傾向が弱まり、寄らば大樹の陰の時代は終わりました。企業寿命が約23年といわれる現代において、在籍している企業・組織がいつどうなるかもわかりません。終身雇用というレールも過去のものとなり、OJTも従来のように期待できない状況です。ミドル&シニア社員を対象に、リストラを断行する企業も増えていくでしょう。自分の身は自分で守るしかなく、パラレルキャリアがそのリスクヘッジになるのです。

 ことさら、「働かないおじさん」と括られるようなシニア社員は、職場で居場所を失くし、企業方針で外に出ざるを得なくなる可能性が高い。そのために、「守り」のパラレルキャリアが必要となるのだ。

中井 企業にビジネス・コンティニュイティ・プラン(BCP=事業継続計画)があるように、個人にはキャリア・コンティニュイティ・プラン(CCP)が必要だと思います。ビジネスパーソンの中でも、特にシニア社員は、キャリアショック のリスクが高く、かつ、キャリアショックへの抵抗力が弱いと言えます。原因は、シングルキャリアの会社生活が中心で、社外で通用するスキルを身につけていないからです。本業があるうちに社外での活動や役割に慣れ、何らかのスキルを得ておくことが必要で、言わば、パラレルキャリアを通じて、海に投げ出されたときの「浮き輪」や戦場に赴いたときの「防弾チョッキ」を準備しておくわけです。

* 想定外の出来事(主に外的要因)で、個人のキャリアが崩壊してしまうこと

 一方、シニア社員のパラレルキャリアの実践には、そうしたリスク管理的な「守り」だけではなく、「攻め」と言うべき、ポジティブな側面もあります。キャリアの第2章が存在すれば、第1章からの「逆転」の可能性が出てくるからです。ここでの「逆転」は、他者との優劣関係や収入面での勝ち負けではなく、自分自身の心理的成功や完全燃焼感を得るといった内的な意味での「逆転」です。

 また、パラレルキャリアによって、コミュニケーション力・リーダーシップ力・タイムマネジメント力といったスキルを向上させ、エンプロイアビリティを高めることで、「年齢」という、企業・組織側が決めた軸に左右されるのではなく、「自分の時間軸」でキャリアの方向性を決められるようになる点もメリットと考えられます。

 パラレルキャリアの実践で、「自分の時間軸」でキャリアの方向性を決められるようになる――これは、若手・ミドル・シニア社員に限らず、個人にとって喜ばしいことだろう。また、「パラレルキャリア」は個人的な活動なので、その実践や成果を組織に伝えなくてもよいとも考えられるが……。

中井 個人が、自分のパラレルキャリアを会社・組織に伝えることには意味があります。たとえば、大学院に行くことを企業・組織側に伝えたら、伝えたからにはしっかり勉強せねば、と思うでしょう。たしかに、伝えることを嫌がる人もいます。大学院のお金を出すのは自分だし、自分自身のキャリアだから会社には関係ない、と。しかし、企業・組織が個人のパラレルキャリアを把握することで、個人は現在の環境下で新たなスキルを発揮できる可能性が高まります。個人と組織のコンセンサスに基づく協働作業によって、個人がパラレルキャリアで得たスキルや人脈を、企業・組織に還元する、これこそが目指すWin-Winの関係と言えます。