メールを印刷して回覧、捺印
関係者全員に一斉メールではなぜダメ?

 業務に関して言えば、いまだそう少なくない役所で、メールを印刷して回覧・捺印する決裁方法が残っている。例えば、外部の研修会に参加する際、メールで「出席します」と送り、それを印刷して係員、係長、課長と判子をもらい、決裁とするのだ。そもそも直属の上司以外に報告する必要があるのか。どうしても報告が必要なら、最初から報告したい人全員をCcに入れてメールすれば済むと思うのだが……

「本当はそれでいいんです。でも、これまでの行政の常識では、捺印後に課長が『●●さん出席(を承認)』と書いて本人に戻していたんです。●●さんはそれを印刷して先方に『課長に承認してもらいました』と送り、またそれを印刷して『課長、先方に報告しました』とやっていた。無駄ですよね。だから、電子決裁にしませんかと。こういうことをコツコツやっているのです」(小野さん)

 行政には文書取扱規程があり、決裁の証跡を残す必要がある。かつてはその手段が紙しかなく、ファイリングして保管していた。だが、現代ならば電子決裁が効率的な上、紛失や改ざんのリスクも軽減できる。

「行政の基礎が出来上がったのは、今から100年以上前の明治時代。その頃から行政の仕事の仕方はあまり変わっていないのです。まずは業務プロセスを見直し、取捨選択した上で、デジタルに置き換えるのが有効です。しかし、そもそもメールを印刷・回覧することに何の疑問も持っていなければ、なぜ慣習を変えるのか理解を得るまでに骨が折れる。本丸の改革がどんどん遅れてしまいます」(小野さん)

セキュリティを懸念するあまり、
あらゆるDXの議論がストップ

 疑問を持たないことは、システムにも影響を及ぼす。役所には、LGWAN(総合行政ネットワーク)と呼ばれる専用のクローズドネットワークが存在する。これは、2015年に日本年金機構が不正アクセスを受けた事件を機に、総務省の要請で始まったセキュリティ強化策「三層の対策」によるもので、自治体のネットワークを通常業務向けのLGWAN接続系、マイナンバー関連業務向けの個人番号利用事務系、インターネット接続系の3つに分離し、堅牢性を高めるアプローチだ。これによりインシデントは大幅に減少した。しかし、全国1700を超える自治体のほとんどが業務端末から直接インターネットに接続できなくなり、生産性の低下を招いた。

 三層の対策は、2020年に総務省が見直しを表明したものの、いまだLGWANの安全神話から抜け出せない自治体も少なくない。確かに、LGWANを使えばミスによる漏えいを防げるし、悪意ある情報の持ち出しにも一手間かかる。しかし、モニター画面をスマホで撮って送ってしまえば結果は同じ。セキュリティと利便性のバランスは、常にアップデートしていく必要がある。

「何かを変えようすると、『セキュリティは』『個人情報の問題はどうするんだ』で議論がストップしてしまう。これは、行政の仕事の全てに共通する根源的な問題です」(小野さん)

 磐梯町では、業務ネットワークをLGWANからインターネット接続系にシフトし、クラウド活用を進めるとともに、近年トレンドでもあるゼロトラストの概念を取り入れたセキュリティ対策を実装している。これにより、年間数千万円の経費節減につながった。