経営破たんしたスキー場「アルツ磐梯」を再生
磐梯町の町長は星野リゾート出身

 人口約3300人、スキーの聖地として知られる磐梯町は、全国の自治体に先駆けてCDO(最高デジタル責任者)を設置するなど、DX先進地域でもある。磐梯町がDXに乗り出したのは、2019年。かつて経営破たんした「アルツ磐梯」を再生し、星野リゾートから磐梯町議員を経て町長に就任した佐藤淳一さんがきっかけだった。

「議員になって驚いたのは、役場全体が旧態依然とした既成概念にとらわれていることでした。縦割りで上下関係に厳しく、何をするにもトップダウン。住民サービスを向上させていくには、現場が町民の声を形にしていけるほうがいい。これまでも多くの方が役場の改革に挑み、それでも変えられなかったのは、既成概念を打破する武器がなかったから。私が町長になったら、デジタルを武器に役場を変えたいと思いました」

福島県 磐梯町 町長 佐藤淳一さん福島県 磐梯町 町長 佐藤淳一さん Photo by M.S.

 佐藤さんが最初にメスを入れたのは組織体制だった。それまでの磐梯町は所管する課による縦割りだった。これは決して悪いことではなく、行政を効率的に運営するための手段だ。しかし、デジタルで中から変えるということは、課の枠を超えた取り組みが必要になる。そこで、DXを推進する組織横断チームとしてCDOとデジタル変革戦略室を設置。CDO補佐官、地域活性化起業人など、町内外から個性豊かなDX人材が加わった。

「デジタルは邪悪なツール」
反DXの公務員、DX室長になる

 その中心にいるのが、デジタル変革戦略室長の小野広暁さんだ。勤続34年。ただ、誰にでも忖度なしに発言する性格が災いしてか、長い間干されていたという。そんな小野さんが室長に就いたのは、小野さん自身、想定外の出来事だった。

「私はDX反対派だったんです。デジタルは人と人とを分断する邪悪なツール。それを行政に取り入れてはいけないと」

磐梯町 デジタル変革戦略室 室長 小野広暁さん磐梯町 デジタル変革戦略室 室長 小野広暁さん Photo by M.S.

 小野さんはなぜ、デジタルを邪悪だと捉えていたのか。

「ECサイトはユーザーの関心や行動履歴をもとにレコメンドします。SNSは考え方が似ている人と繋がりやすく、合わない人は簡単にブロックできます。与えられた情報、制御された情報によって、見たくないものを見ず、人間関係すら形成されていく。それは果たして健全なのかという思いがありました」

 磐梯町役場では、職員が町長にキャリアプランを自己申告することになっていた。そこで小野さんは、「佐藤町長がやろうとしているデジタル変革は絶対反対」と突きつけたのだ。

 ところが、2021年4月1日付けの辞令で、小野さんは自分の名前の横に「デジタル変革戦略室長を命じる」という文字を見つけることになる。

「なぜ、反DXの自分を寄こすのか理解できませんでした。上司に訴えても『おめえしかいねえからやってみろ』と。これは町長の嫌がらせに違いないと思いました」

 町長にも食って掛かった。しかし、公務員が辞令に背くということは、懲戒も覚悟しなければならない。小野さんは、辞令一つでDXの世界に足を踏み入れた。

「そこから半年は地獄でした。DXとは何か自分なりに咀嚼できるまで片っ端からDX本・反DX本を読みまくりました。町長が広げた風呂敷が広すぎて、行政の本質から乖離していると感じたこともありましたし、首肩がガチガチに固まって体調も壊しました」