自身の「あこがれ」を
漫画を通じて読者に伝えたい
石塚 「あこがれ」ですね。
田中 あこがれ、ですか?
石塚 僕の場合、あらゆる分野に「あこがれ」が散らばっているんです。あこがれのものや、あこがれの人を、伝えたい、まねしたい、そうした思いがあります。
自分の力だけでは動けないので、「あこがれ」を利用して進むんです。追い続ければ歩きやすいですからね。
田中 漫画家でいえば、ちばてつや先生。
石塚 ミュージシャンなら、ソニー・ロリンズとかね。
日々飽きないように、すてきなものに感染していたい。漫画を通じて読者にも感染させたい。漫画の中で「あこがれ」をうまく表現できれば、「このように歩んでみよう」と思ってもらえるのではないかと思うんです。
田中 石塚さんの描く漫画の主人公やキャラクターが、誰かにとってのあこがれの存在になれたらと。
石塚 そこまで大それたものでなくても、「これってありかも」と思ってもらえればいいんです。漫画の使命はそこにあると思います。漫画というのは、どう「いいウソ」をつくかなんです。
そのために、「通訳ってこういう仕事なのか、すごいなあ、そのやり方いいかも」と、漫画家に限らず、さまざまなジャンルの素晴らしいクリエイターのクリエイティブな部分を「このやりかたはおもしろい」「いいかも」と、漫画の中でどのようにまねできるか、表現できるか、つねに考えています。
田中 刺激されたことを人に伝えたい。それがモチベーションになっているのですね。
石塚 先日訪れたニューヨークも、海外を訪れるのは久しぶりでしたが、いろいろな人がいて、そういうことからも影響を受けますね。
例えば、街を歩いている人の服装が皆、違う。トレンドとして系統立てられないところが、逆に僕のような外国から訪れている人にとっては居心地が良い。サンドウィッチチェーンのサブウェイも、日本のような清潔感はなくて、何か独特の臭いがする。
でも脳内が現地に適応するように書き換えられてくると、「おや、こういうのもありかも」って思うようになってくる。ルーズが楽しい。
日本で、もう5〜6年同じ街に暮らして、同じコーヒー屋さんに毎日通っていますが、これまで店員さんとの雑談は一度もありません。でも、ニューヨークだと、たった3日通っただけでも、「Hey, it’s you,again! Capcino?」(また来てくれたのね、カプチーノなんでしょ)と声をかけてくれたり、ヤンキースのキャップを被っていると、「Yankee's fan?」とか、何かしら話しかけてくれる。
まったく親しくない他人同士ですが、みんな、ちょっとしたことで一言二言、言葉を交わす。すると、何か一言、気の利いたことを言ってみたくなる。少し滞在しただけでニューヨーカー気分になってくるんです(笑)。ですので、英語を流暢に話せる田中さんがうらやましいですし、それでも「英語がイヤ」と言っている田中さんに、何なら腹が立っていると言ってもいいほどです(笑)。
田中 (笑)。海外出張時、入国審査の係の人に「通訳の仕事で来た」と伝えると、どこの学校に通っていたの、とか、僕の彼女もその近くに住んでいたよ、とか、よく会話をしてくれるんですよね。後ろに延々と列ができているから「早く終わらせて!」「仕事して!」と思うのですが、悪い印象を与えて入国に手間取ると困るので、話を合わせて雑談を続けるはめになります(笑)。
石塚 エレベーターなどでも本当によく話しかけてくれますよね。
田中 「服がかわいいわね」とか。日本ではめったに見られないシーンですよね。
石塚 移民が多い国で、お互いに敵ではないことを示し合う必要があるという文化的背景があると思いますし、そういうコミュニケーションを面倒に思う人も当然、いると思いますが、僕は何だかそういうコミュニケーションが、心地良いですし、救われるんです。
田中 『BLUE GIANT』のニューヨーク編でそうした体験がどのように描かれるのか楽しみにしています。「仕事が苦手」「好きだけど大変」と思っているビジネスパーソンも多いはずですので、読者にとってとても勇気の湧くお話だったのではないでしょうか。本日はありがとうございました。
石塚 こちらこそ、ありがとうございました。