絵は苦手で今でもコンプレックス
漫画を描くことが苦しいと感じることも

石塚 考えたことはありますよ。歌とか小説とか。でも、描いたこともないくせに、根拠のない自信だけはあったんです。学生時代の友だちも、僕が絵を描いているところなんて誰一人見たことがなかったと思います(笑)。

田中 よく漫画家のドキュメンタリーなどで、「彼は小学校のときから抜群に絵がうまくて」みたいなことを、その漫画家を昔から知る人が言っていたりしますが、石塚さんは20代後半までまったく絵を描いてこなかったんですね。

石塚 そうなんです。絵を描くことが好きだったり、上手だったりで、漫画家になる人はとても多いですが、私はそういうタイプではありませんでした。でも、なぜか絵を描けるんじゃないかと思い、始めてみた。描いてみたら、やっぱり厳しかった(笑)。

 大きな声では言えないのですが、絵は苦手で、今でもコンプレックスです。そもそもじっとしているのが嫌いですし、「何でこんなに漫画を描くのって苦しいんだろう」って思うこともよくあります。

 でもある日、ラジオを聴いていると、キャスターの久米宏さんが、「自分はキャスターに全然向いていない。対談は緊張するし、イヤでしょうがない。でも、だからこれだけ長い間、続けてこられたというのもあるんじゃないか。ちょっとアゲンストだから」とおっしゃっていて、それを聞いて、「ちょっと苦手」でもいいのかと思ったんです。

「全部苦手」ではだめかもしれませんし、もし僕が絵が好き過ぎたら、没入しすぎて、かえって続かなかったと思います。没入した先に崖があってもそれが見えなくて、大変なことになるという例はよくあるらしいですからね。もうちょっと漫画を描き続けたら、その崖とやらが見えるのかな? なんてワクワクしていますが(笑)。

おふたり

 絵を描くのは大変ですが、一日ちょっとずつならがんばれます。

 例えば、ネーム作りは楽しいことも多い。車の中で誰かと誰かが話すシーンがあったとして、自分がその世界に入り込むと、「こちらがこういう反応をしたら、相手はきっとこう返すに違いない」というふうに、いろいろと想像しているとものすごく楽しいんです。

 僕自身が楽しんでいることが伝わるからでしょうね、そうやって描いたシーンがボツになったことはありません。逆に、「こう描かなきゃ」「ああ描かなきゃ」と、考えあぐねて作り込んだシーンは、あまり良くないことが多い。

 そんなふうに楽しい瞬間はあるものの、絵に関してはたいていアゲンストです(笑)。

田中 とてもわかります。私もこの仕事(通訳)をしていて、英語がいいな、とか、英語が好きだ、という気持ちは、これまで一度も感じたことがないんです(笑)。必要に迫られて、サバイバル・イングリッシュとして身に付けてきただけです。

 こんなに努力をしているのに、いつまでたっても満足いくレベルに達しない。通訳という仕事に裏切られ続けている、そのような気持ちです。

 それを友人に話すと、「だめ男と付き合っていて、ひどい目に遭って、別れたいのに、別れられない人みたい」だと言われます(笑)。

石塚 僕はあまり英語を話せませんが、でもきっと、田中さんより僕のほうが英語は好きですよ(笑)。

 先日、漫画『BLUE GIANT』の新シリーズのための取材で、1カ月ほどニューヨークに滞在したんです。

 そのときに「Wicked」というミュージカルを鑑賞したのですが、悔しいことに、まったくセリフが聞き取れない。ですので、英語をなりわいにしている通訳者というのはすごいなと思いました。通訳していて緊張したりはしないんですか?