英語がキライな通訳者
絵がニガテな漫画家

石塚氏

田中 通訳の仕事は20年以上やっていますが、今でもそれはそれは緊張しますよ。

 それこそ英会話のラジオ番組の話とか、有名な指導者の英語のスピーチとか、聞くだけでイヤなんです。「うわっ」て後ずさりする感じです。キライなのに、なぜ通訳なんてやっているんだろうと思います(笑)。

石塚 わかります。「オレ、本当に漫画家なのかな」と、しょっちゅう思うので。本業とは、えてしてそういうものなのかもしれません。

 僕は漫画家の友達がいないんです。出版社主催の謝恩会という集まりが年に1度あって、皆さん楽しそうに絵や漫画について語り合っているのですが、僕は絵について語れることがまったくなく、コンプレックスがあるので、そうした話題には近寄らないようにしています(笑)。

田中 キャリアとして考えると、漫画家として十分成功されていらっしゃる。作品は大ヒットして、映画化もされて、しかも海外展開も始まる。もうこれ以上、望めないくらいの大成功じゃないですか。

石塚 おかげさまで、成功と言えるところまできました。でも、僕は漫画家になるときに決めたことがあるんです。誰と同じくらいの実力になったら、自分をはっきりと漫画家として認めていいか。それは、ちばてつや先生なんです。

 漫画はヒットして、映画化もされるという幸運にも恵まれましたが、漫画家として、自分はちば先生の高みには到底、到達できていない。まだまだ見習いに過ぎない。そのくらい設定値を高く掲げておかないと、他の漫画家のように小さい時から絵や漫画が好きで好きでしょうがないというわけではないので、絵を描くのが本当に大変で作業に疲れてしまうかもしれない。漫画家と呼べるラインを低めに設定してしまうと、僕は自分に甘くて、すぐに「やりきった!」と思ってしまうので。

目標を高く掲げることで
仕事へのモチベーションを持続させる

田中氏

田中 ちば先生の高みを目標に、毎日こつこつやる。

石塚 そうです。実際、設定値を高くしておいてよかったと思います。だからこそ、今もがんばろうと思えるわけですから。絵を描くのは本当に大変なのですが、せっかく読者が読んでくれるからには、少しでも良い絵を描きたいですからね。

田中 その設定値は変わらないんですか?

石塚 変わらないです。話題の漫画や売れている漫画はある程度は読みますが、なるほどと思って、でもやっぱり僕の中では、ちば先生が一番なんです。

田中 最初にそこまで高い設定値を掲げたのは、無意識下で「漫画を続けたい」と意思をお持ちだったのかもしれませんね。

石塚 ええ、そうだと思います。ですので、最近は、ちょっとずつ、「(絵を描くのが)好きになっていくかもしれない」という気持ちもあるんです。

田中 「才能」ってなんだろうと考えたとき、才能がある人がいきなり出てくる、とか、もともとそのことが得意、という人はいると思うのですが、やっていることを本当に究めるには、やり続けなければならない。ですから、結局は、「やり続けられる力」こそが「才能」だと思うんです。

 そういう意味では、好きではないし、絵を描くのは大変とおっしゃいますが、石塚さんにはやはり漫画家の才能があるんだなと思いました。

 仕事へのモチベーションの維持は難しく、たとえ好きなことを仕事にしていたとしても、つらいことも多い。ただ好きで突っ走るだけではく、距離感が必要ですし、付き合い方をうまく考えないと、続かずにバーンアウトすることもありますよね。

石塚 そう思います。上原ひろみさんのように、幼少期からピアノを弾いていて、ピアノを弾くことが、水を飲むのと同じくらい自然な感覚という人はまた別だと思いますが、仕事のプロセスの中には、誰でも絶対、苦手なことがあるはずですし、実際、多くの人が悩んでいることだと思います。

 仕事が大好きで、長くやり続けるために、自分の意識を100%そこへ没入して、ということだと、どこかで辛いことも経験しなくてはならない。

 僕は20代後半から漫画を描き始め、漫画家としては相当、遅いスタートでした。でも、僕にはそれが良かった。出版社の軒下を借りて、何とか描かせていただいているというスタンスなので、思い通りにいかないこともあるだろうと、漫画というなりわいに距離を置くことができた。

 コツコツと描くことはつらいことでもありますが、その中にちょっとだけ楽しいことがあるから、今日もまたコツコツと絵を描いていくんです。

田中 その原動力は何ですか?