「これからはアサヒではなくお客様を見よう」「自分たちの原点に立ち戻ろう」

 と呼びかけていた。そこには、リベートに頼った過度のシェア競争を繰り広げたことで、逆に首位を奪われてしまったことへの反省がこめられていた。

 このとき20代だった若手営業マンは、後に次のように話した。

「トップ企業でなくなるのは悔しかった。しかし、社長が指針を出してくれ救われた。これからは、シェアではなく利益を重視するのだと思った」

 同じく30代前半だった女性営業マンは言う。

「2位に後退してショックだった一方、実は安堵した。当時は月末になると、卸にお願いしてビールと発泡酒をたくさん買ってもらっていた。つまり、お金(リベート)を使って“押し込み”をしていた。流通在庫は膨らむが、一時的にシェアを上げられた。サラリーマンの給料が出た後の月末は、小売の店頭で売り場を工夫する提案をするなど、営業としてやるべき仕事が本当はあったのに、できなかった。新キリン宣言が出て、こうした意味のない仕事から解放された。アサヒではなく、これからは消費者を見て仕事をしていくんだと思った」

 ビール類市場は1994年を100とすると、2022年は59%の規模にまで縮小している。

 果たして今後のビール類市場がどういう有り様に落ち着くのか予測しにくいが、23年1月、ビール4社の社長は判で押したように同じ発言をした。

「ビールに力を入れていく」

書影『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)
永井 隆 著

 2009年は、「一番搾り」を3月にリニューアルしたキリンがアサヒを抑えて9年ぶりにトップに返り咲く。2010年はアサヒがキリンを再逆転。2019年まで首位に立ち続ける。コロナ禍が始まった2020年に、もともと家庭用に強いキリンが11年ぶりに首位を奪還。しかしコロナ禍が収束し始めた2022年、僅差でアサヒが首位を奪還した。

 ビールが熱かった1980年代後半から2000年代の前半までとは、もう時代が違う。

 もはや、ビールは量を追うのではなく、価値を追う形に変わっていく。工場も、単品大量生産型ではなく、柔軟に多品種を少量つくり分けるものへとシフトしていく。

 新たなビール文化が、醸成されていくのは間違いない。