上司の承認を得たり、部下に仕事を進めてもらったり、お客様にお買い上げいただいたり……ビジネスにおいて「相手の理解を得て、相手に動いてもらう」ことは必須のスキルです。そこで、多くのビジネスパーソンは「理屈で説得しよう」と努力しますが、これが間違いのもと。
なぜなら、人は「理屈」では動かないからです。人を動かしているのは99.9999%「感情」。だから、相手の「理性」に訴えることよりも、相手の「潜在意識」に働きかけることによって、「この人は信頼できる」「この人を応援したい」「この人の力になりたい」という「感情」を持ってもらうことが大切。その「感情」さえもってもらえれば、自然と相手はこちらの意図を汲んで動いてくれます。この「潜在意識に働きかけて、相手を動かす力」を「影響力」というのです。
元プルデンシャル生命保険の営業マンだった金沢景敏さんは、膨大な対人コミュニケーションのなかで「影響力」の重要性に気づき、それを磨きあげることで「記録的な成績」を収めることに成功。本連載では、金沢さんの新刊『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)から抜粋しながら、ゼロから「影響力」を生み出し、それを最大化する秘策をお伝えしてまいります。

【究極の対人スキル】「伝説の営業マン」が教える、「合気道」のように相手を自然に動かす方法写真はイメージです。Photo: Adobe Stock

人生を変えた「痛恨の失敗」

 僕には、営業マンとして痛恨の失敗があります。

 プルデンシャル生命保険の営業マンになりたての頃、僕は、週に3件の契約をお預かりするというKPI(重要業績評価指標)を自発的に設定していたのですが、その週は、契約を2件しかお預かりできずに日曜日を迎えていました。「なんとか目標を達成しなければ……」と焦っていた僕は、TBS時代の後輩に連絡。やんわりと断ろうとする後輩に対して、「保険に早く入った方がいい」などと押し付けがましい営業をしたのみならず、「契約するまで帰さない」と口にこそ出しませんでしたが、全身でプレッシャーをかけたのです。

 そんな僕に呆れ果てた後輩は、諦め顔でしぶしぶと契約書にサイン。僕は愚かにも「これでKPI達成だ!」と喜んだのですが、翌日、その後輩からクーリングオフの連絡が会社に入りました。しかも、謝罪をしようと後輩に電話をしても「着信拒否」。人間関係を拒絶されてしまったのです。

 それまでも、僕は「保険を売ろう、売ろう」と身勝手で強引な営業をしていたために、多くの人間関係を傷つけていました。そして、徐々に新規に連絡する相手が尽きてきたのですが、この決定的な一件で、ついに僕は、「こんな営業は続けられない」「このままでは、営業マンとして終わる」と認めざるを得なくなったのです(詳しくは、こちらの記事)。

「偽物の影響力」に頼ると、身を滅ぼす

 そして、僕は「影響力」というものについて深く考えるようになりました。というのは、僕は「先輩-後輩」という関係性を背景に、後輩に対して「影響力」を及ぼして、契約にサインしてもらおうとしていたからです。しかし、これは「偽物の影響力」にすぎません。

「義務感」や「恐怖心」など、相手にとって不快な感情を刺激することで、相手が「本当はしたくない行動」を強いるのが「偽物の影響力」。それで一時は相手に対して「強制力」を効かせられたとしても、相手は内心で強い反発・反感を覚えているため、それが永続することはありえません。この「偽物の影響力」に頼っている限り、自分の未来は拓けない。「本物の影響力」を身に付けなければならないと悟ったのです。

「本物の影響力」とは、相手の潜在意識において「親近感」「安心感」「好感」「共感」「信頼感」などのポジティブな感情を生み出すことによって、相手に自ら喜んで行動を起こしてもらうこと。そうした感情をもっていただければ、相手は自ら僕の意図を汲み取って、それに沿った言動を喜んで取ってくれる。それを、僕は、妻をはじめ、いろいろな人々の人間関係を観察することで学んでいきました(詳しくは、こちらの記事)。

”For me”の思考法を乗り越える

 そして、「本物の影響力」を身につけるためには、まず何よりも、「売ろう、売ろうとする」のをやめなければならないことに気づきました。

「自分の利益」のことしか考えていない営業マンに対して、「信頼感」や「好感」をもつ人などいるわけがないからです。”For me”の思考法を克服しなければ、「本物の影響力」を身につけることはできないと考えたのです。こう書くと、「ずいぶんストイックなんだね」という印象をもたれたかもしれません。

 僕自身、営業マンとして「売ろうとする」のをやめるのには、当初、たいへんな抵抗感がありました。それまで一生懸命「売ろう」と頑張っていた自分を否定することにほかなりませんし、そもそも、「売ろうとせずに売る」のは、ものすごく高度なテクニックを要することのように思えたからです。

 それに、「欲」もありました。僕は完全フルコミッションの営業マンでしたから、少しでも自分のコミッションの大きな商品をすすめたくなるのです。この「欲」を克服するためには、ものすごくストイックである必要があるように思えたのです。

「利己的」であるのをやめた方が、「楽」に結果が出せる

 しかし、これが大いなる勘違いなのです。

 それを、僕は実体験によって学びました。実際には、「For me思考」を克服することによって、ものすごく「楽」に結果を出すことができるようになるのです。どういうことか? 僕が経験したエピソードをご紹介しながら、そのメカニズムをご説明したいと思います。

【究極の対人スキル】「伝説の営業マン」が教える、「合気道」のように相手を自然に動かす方法金沢景敏(かなざわ・あきとし)
AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
1979年大阪府生まれ。早稲田大学理工学部に入学後、実家の倒産を機に京都大学を再受験して合格。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍、卒業後はTBSに入社。スポーツ番組などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。当初はお客様の「信頼」を勝ち得ることができず、苦しい時期を過ごしたが、そのなかで「影響力」の重要性を認識。相手を「理屈」で説き伏せるのではなく、相手の「潜在意識」に働きかけることで「感情」を味方につける「影響力」に磨きをかけていった。その結果、富裕層も含む広大な人的ネットワークの構築に成功し、自然に受注が集まるような「影響力」を発揮するに至った。そして、1年目で個人保険部門において全国の営業社員約3200人中1位に。全世界の生命保険営業職のトップ0.01%が認定されるMDRTの「Top of the Table(TOT)」に、わずか3年目にして到達。最終的には、TOTの基準の4倍以上の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReeboを起業。著書に『超★営業思考』『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)。営業マンとして磨いた「思考法」や「ノウハウ」をもとに「営業研修プログラム」も開発し、多くの営業パーソンの成果に貢献している。また、レジェンドアスリートの「影響力」をフル活用して企業の業績向上に貢献し、レジェンドアスリートとともに未来のアスリートを育て、互いにサポートし合う相互支援の社会貢献プロジェクト「AthTAG」も展開している。■AthReebo(アスリーボ)株式会社 https://athreebo.jp

 あれは、後輩によるクーリングオフから数ヶ月後、「本物の影響力」を身につけるべく試行錯誤をしながらも、成績は”ジリ貧”を続けていた頃のことです。

 初めてお目にかかるお客様と面談をする機会をいただいたのですが、お話を伺うと、その方は、すでに他社の生命保険に加入されていることがわかりました。正直、がっかりしましたが、まだ諦めるわけにはいきません。他社と交わした保険契約の内容がよくないものであれば、もっとよい保険をご提案することができるからです。

 しかし、見せていただいた既契約証券は、その方にとって過不足のない、非常によくできたものでした。その方の説明を聞きながら、喉から手が出るほどほしい「売上」が、どんどん遠ざかっていくのを感じていました。

 そして、僕の中には、ある欲求が生まれていました。

 僕は保険や金融のプロフェッショナルです。あれこれ理由をつければ、自社製品に切り替えてもらうチャンスを生み出すこともできます。お客様は金融知識に乏しいため、どうにか言いくるめることは可能なのです。

 だけど、それを制止する自分もいました。その自分は、僕に「これ、誰の保険?」と問いかけました。答えは決まっています。この保険は、僕の保険ではなく、お客様の保険です。だったら、余計なことをしたらアカン。無理やり「売ろう」としたって、嫌われるだけやで……。