検査の担当者は、「認知症の受刑者の中には、罪を起こした自覚がなく、なぜ自分がここにいるのかがわからない人もいます。それでも刑務所としては受け入れざるを得ない。刑罰の内容もわからないのに、そのまま刑務所に入れておくのはどうかと個人的には思います」と話す。こうした疑問は、ほかの刑務所でも複数聞かれた。

 確かに、「刑務所で服役させる意味はあるのだろうか」と思う受刑者はいる。

 刑務所取材で出会ったある70代の女性受刑者は、自宅に火を放ち、家族数人を焼死させた。受刑者が60代のときのことだ。本人とコミュニケーションがとれないので、職員に聞くと、「家族の誰からも相手にされなかった。自分は財産を使い果たしたので、家族と無理心中をして死のうと思った」ことが動機とされる。

 死刑になってもおかしくなかったが、女性には脳の萎縮や人格の変化、うつ状態などが見られたため、心神耗弱が認められて懲役刑となった。その後、明らかに認知症が疑われる言動が見られたため、認知機能検査を実施したところ、高度なレベルで認知症が疑われる結果が出た。

 今では自分の名前を書くこともできず、自分1人で入浴することもできない。そこで他の受刑者とは別に、1人用の浴槽で刑務官の助けを受けながら入浴する。入浴前には、外部から派遣された介護福祉士が歩行訓練も行う。夜間のおむつ交換をするのは刑務官だ。

 懲役刑なので刑務作業をする必要があるが、部品を磨くといった単純な作業でも行うのが難しい。寮にある部屋から工場まで連れてこられるものの、大半の時間は頭を机に伏したまま。こうした状態では、自分の犯した罪を反省し、更生するための刑罰や指導も意味をなさない。反対に、刑務所は介護に多くの時間や人手を割かなければならなくなる。

「刑の執行」と「ケア」に挟まれ
苦悩する刑務官たち

「刑の執行が体をなさない人が増えています。その対応が現場では大きな課題となっています」。女性がいる刑務所で聞いた刑務官の言葉は、他の刑務所でも共通している。

「刑罰を与える場所で何もさせないでおくわけにはいかないけれど、中には便を手で触ってしまう受刑者もいる。そうした受刑者に、刑務作業で作る製品に手を触れさせるわけにはいかない。そのため、ひもを結んではほどくとか、新聞を細かくちぎるなど、何とかできそうな作業を見つけてやらせています」