刑務官の言葉からは、現場の苦悩ぶりがうかがえる。

 会話やコミュニケーションが成り立たないと思われる認知症の受刑者も、起訴や裁判の段階では「責任能力あり」と判断されて刑務所に送られてきた。そのため、刑務所としては受け入れざるを得ない。「認知症の受刑者は刑務所にはそぐわない。検察が起訴を決める段階で何とかしてほしい」という切実な声も聞いた。

書影『塀の中のおばあさん』(角川新書)『塀の中のおばあさん』(角川新書)
猪熊律子 著

「刑罰や更生の意味がわからない人の生活支援をすることに疑問をもつ刑務官は少なくない。しかし、だからといって認知症の人などの刑の執行を停止し、福祉施設に行かせることを国民が良しとするのか。矛盾を感じつつも、現場としては、受刑能力ありと判断されて来た人たちを更生させ、社会に戻すことに専念せざるを得ないのが現状です」

 刑務所幹部の言葉からは、「刑の執行」と「ケア」の両方を負わされた刑務所のジレンマがにじみ出る。社会の安全を守る「最後の砦」である刑務所は、来る人を自ら選ぶことも、拒むこともできないのだ。

 別の幹部は次のように話した。

「認知症の受刑者にご飯を食べさせ、おむつも替える。懲役刑を受けた犯罪者なのに、こんなに手をかけていいのかと、若い職員から聞かれたことがあります。確かに、福祉施設と同じことを刑務所でするなら、最初から福祉施設に入ってくれればと思う。しかし、罪を犯した者の引き受け手は少なく、現実にそうするのはなかなか難しい。きちんと処遇をしようと思えば思うほど、ケアもきちんとせざるを得なくなる現状があります」

「きちんと処遇をしようと思えば思うほど、ケアもきちんとせざるを得なくなる」点については、取材をしていて、いろいろ思うところがあった。刑罰とケアのジレンマに悩みつつ、懸命に処遇にあたる刑務官たちの仕事ぶりを「すごい。よくやっている」と思いつつも、「ここまでするの?」と感じる点もあったからだ。

 たとえば、外部から専門家を呼び、認知症の進行抑制のために行う「脳トレ」や、足腰が弱るのを防ぐ「筋トレ」。刑務所に入らず、一般社会の中で頑張って暮らしている高齢者の中には、脳トレや筋トレをしたくても受ける機会がない人がたくさんいるに違いない。

 法務省によると、刑務所など刑事施設の被収容者1人当たりの生活費(食費など)は1日あたり約2200円、年間で約80万円。職員の人件費や施設運営に要する費用まで含めた総経費は被収容者1人あたり年間約450万円に上る(2021年度予算)。

 脳トレや筋トレなどの支援の必要性は認めつつ、塀の内と外との「公平感」も踏まえた検討が欠かせない。この問題は刑務所だけで答えを出せるものではない。納税者である国民を含め、社会全体で考えるには、塀の中で何が行われ、現場はどんなジレンマを抱えているのかを「見える化」し、共通課題としていくことが求められる。