“質を伴ったコミュニケーション”をとることが重要
永田 御社では、キャリア形成支援施策の受講者を対象にした「キャリア意識に関する調査」を行っています。その追跡調査として、キャリア施策効果を測るための定点観測をされているとうかがいました。
内田 現在、キャリアに関する施策としては、「キャリア研修」と「キャリア面談」の2つがあると、先ほど申し上げました。これらの施策を受けた後に、従業員の「自律的キャリアの意識」が実際に高まるのかどうか。また、一時的に高まっただけで、徐々に低下してしまうのではないか、といったことは追跡しないと分かりません。確かに、施策直後の「満足度調査」を見ると、5段階で4以上の評価がつくような結果が出ています。しかし、そうした意識が継続するのか、その先の行動変容にまでつながっているのかといったことまでは分かりません。そこで、施策の受講者を対象に毎月同じ質問に答えていただき、スコアの推移を追っていく、というのが定期調査の全体像です。
永田 質問は、長い方だと2022年の8月から翌年3月まで受け続けていますね。調査結果はどのようになっていますか?
内田 「あなたは、今後のキャリア形成をイメージすることができる」という設問について5段階評価で答えてもらう項目については、受講前を1とすると、受講直後は指数にして1.4まで上昇しました。しかし、1カ月後にはある程度もとに戻ってしまいます。それでもまだ受講前よりは高い数字なのですが……その後、半年かけて受講前の水準に緩やかに戻っていく傾向が見えました。
永田「キャリア研修」と「キャリア面談」の両方を受けた方、どちらか一方しか受けていない方では、結果は変わるのでしょうか?
内田 双方を比較してみると、両方の施策を受けている従業員のほうが、下がり幅が緩やかであったり、低下しても途中で盛り返したりすることが分かっています。研修を一度受けただけで終わり、ということではなく、複数の施策を受けることで、より長期間にわたって効果が続く可能性があるということです。
永田 データを拝見すると、「自身の仕事の専門性を確立したい」「納得いくキャリア形成は自己責任である」という、キャリア形成の自己意識に関する項目については、施策受講直後は数値が上がっても、その後の落ち幅が大きいですね。
内田 そうですね。おそらく、受講直後は前向きな気持ちになって意識が高まっても、職場に戻って「2Wayコミュニケーション」などの際に、上司から「そんなことを言っても、実際は……」などと言われ、失望してしまうことで意識の低下を招くことがあるのではないかと思います。そのような気づきが私たちにあったことから、今後は上司へのサポートや継続的な機会提供に力を入れていかねば、という結論に至りました。
永田 「2Wayコミュニケーション」の効果も分析していますか?
内田 「2Wayコミュニケーション」実施後のアンケートを見ると、「短期的な仕事上の役割や取り組むべきことが明確になったかどうか?」という質問よりも、「長期的なキャリア形成に向けた次のステップが明確になったかどうか?」という質問のほうが、仕事へのモチベーションに与える影響が大きいという結果が出ています。つまり、目の前の仕事へのモチベーションを高めることに対しても、ある程度、中・長期的な話をすることが効果的だということです。「将来的な話に時間を割くことは遠回りに見えるかもしれないけれど、実は効果がある」ということが「2Wayコミュニケーション」の分析結果から見えているわけです。そうした事実をマネジメント層に向けて発信していくことも大切だと思っています。
永田「(2Wayコミュニケーションで)仕事やキャリアに対する思いを上司にきちんと伝えられている」」満足感がどこから生まれるか、ということも分析されていますね。
内田 はい。そうした満足度と上司・部下間のコミュニケーション頻度の関係性は非常に弱い、ということが分かりました。接する頻度そのものよりも、「日常的にきちんとコミュニケーションをとれている実感」が、「仕事やキャリアに対する思いを上司にきちんと伝えられている」という満足感につながっているようです。ただ単に部下との接点を増やせばいいというわけではなく、日頃から「質を伴ったコミュニケーション」をとることが重要なのですね。
永田「質を伴うコミュニケーション」はどのようにして醸成されるのでしょうか?
内田 そこには、「上司と部下の個人的な関わり」と「職場環境」という2つの視点が必要です。「上司との部下の個人的な関わり」というのは、個々の部下の特性に応じた育成や、仕事に対する適切な評価といった、個人間の関係性に関する部分です。「職場環境」は、お互いの価値観を共有できたり、忌憚なく意見をぶつけ合いながら議論できたりする場が用意されている状態のことです。この2つの要素が質を伴うコミュニケーションの醸成につながっていることが見えてきました。
永田 ほかに、定点観測の分析から分かったことはありますか?
山崎 意欲的にキャリア形成をしている方は、結果的にワークエンゲージメントが高まるということが分かりました。
上司との良好な関係と風通しの良い職場環境が「上司と質の高いコミュニケーションがとれている」実感につながり、その前提の上で、「キャリア研修」「キャリア面談」「2Wayコミュニケーション」といった施策によって、自律的キャリア形成の意識がより高まることが見えてきました。自律的キャリア形成の意識が高まると、仕事に対するモチベーションが上がり、仕事が楽しくなる。つまり、ワークエンゲージメントが高まる、という流れです。
菊地「キャリア意識がワークエンゲージメントの向上につながる」という結果については、キャリア・多様性推進室からさまざまな形で社内に発信していかなければならないと思っています。これからも、いろいろな手立てを考えていきます。継続調査に協力してくれた従業員には「職場のコミュニケーションに役立ててください」ということで、レポートをフィードバックしています。
永田 数々の施策が、御社の人的資本経営につながっていくのですね。
山崎 そう信じて、これからも取り組んでいきます。
聞き手●永田正樹 Masaki Nagata
ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問
ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教
立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師
博士(経営学)、中小企業診断士、ワークショップデザイナーマスタークラス。「アカデミックな知見と現場を繋ぎ、人と組織の活性化を支援する」をコンセプトとし、研究者の知見をベースに、採用・育成・定着のスパイラルをうまく機能させるためのツールやプログラムの開発に携わる。また、企業のOJTプログラムや経験学習の浸透のためのコンサルテーションも行っている。