賃上げと物価上昇を単純には喜べない理由

 2023年9月、全国の消費者物価指数は前年同月比3.0%上昇した。生鮮食品を除く総合指数は同2.8%の上昇だった。過去1年間、両指数の上昇率は2%を上回った。背後にあるのは、コストプッシュ型の物価上昇である。

 近年、米中対立や新型コロナウイルス感染拡大の長期化、ウクライナ戦争の勃発など、複合的な要因を背景に世界全体でエネルギー資源や食料などの価格は上昇した。

 資源エネルギー庁によると20年度、わが国のエネルギー自給率は11.3%。農林水産省によると22年度の食料自給率(カロリーベース)は38%だった。いずれも輸入に頼らざるを得ない。

 また、わが国は長くマイナス金利政策、長期金利が一定の水準を上回らないようにするイールドカーブコントロール政策などを続けてきた(異次元緩和)。一方、米国では22年3月以降、利上げが行なわた。国内外の短期金利の差が拡大し、一時1ドル150円を突破するほど円安が進んでいる。

 このように、エネルギー資源や食料などの価格上昇と円安の掛け算によって、輸入物価が上昇。商品への価格転嫁が進み、消費者物価指数は2%を上回ったのだ。

 他方、賃金も徐々にではあるが上昇している。高齢化、生産年齢人口の減少による労働力供給の制約は深刻だ。人手を確保するために、企業は賃金を積み増さざるを得ない。優秀な人材を獲得するために、より高い賃金を提示する大手企業も増えている。

 私たちにとって賃金が増えることは良いことだ。ただ、経済全体の視点で考えると、わが国の潜在成長率は1%をやや下回る程度だろう(推計により諸説あり)。これを上回る賃上げを継続することは難しいはずだ。

 最近の物価上昇、賃金上昇のいずれも、わが国の経済の実力=潜在成長率が高まり、需要が拡大してモノやサービスの価格が上昇したわけではない。デフレ脱却の兆しがあり、賃金も上昇したことは確かだが、それを単純に喜ぶことはできない。