本当にそんなことが起きるのかと疑問に思う読者もいるかもしれない。だが、国際的な「同期」の大きな特徴は、一見したところ関係のない他国への伝播があり得ることだ。
例えば、パンデミック中の消費者・労働者の行動変容(ステイホームなど)が当てはまる。感染が爆発した国に住む人々の間で高まった恐怖心は、感染の少ない別の国の人々に伝播したと考えられている。同様の考えで、インフレ予想についても、同様の伝播によって国際的な同期が起きたと捉えることができる。
なお、藪教授との研究でも「同期」が最も顕著だったのは消費者・労働者だった。企業の同期は弱く、政府や中央銀行といった公的主体の同期はもっと弱かった。各国政府の感染対策は手法もタイミングもバラバラだったので、イメージしやすいだろう。
話を戻そう。日本の消費者のインフレ予想の上昇は、消費者の値上げ耐性に大きな影響を及ぼし、引いては企業の価格転嫁の姿勢を変えた。そしてそれが労働組合の賃上げへの取り組みに影響を与えた。その意味で、インフレ予想の上昇は、22年春からこれまでの期間に起きた日本の物価・賃金の変化の原点であった(この点について詳細は「賃金と物価の好循環へ道筋」、『月刊資本市場』2023年10月号を参照)。
もしその原点が「同期」によって起きたのだとすれば、22年春以降の物価・賃金の変化の全ては「同期」に由来するということになる。
長期金利の上昇も「同期」の表れか
「同期」をにおわせるもう一つの現象として私が注目しているのは、長期金利の上昇だ。日本銀行はイールドカーブ・コントロール(YCC)を行っており、10年国債利回りを人為的にコントロールしている。しかし日銀は誘導目標の上限を22年12月、23年7月、同10月と、これまで3度にわたって引き上げた。このYCC修正に伴って長期金利は上昇してきた。
長期金利上昇の背後にあるのは、米国の長期金利上昇だ。日米間で金利裁定の力が働き、それが日本の長期金利を突き上げた。日銀はその力に抗し切れず、誘導目標の引き上げに追い込まれた。これが標準的な理解だろう。
一方、別の見方もできる。まずは米国の長期金利から考えよう。フィッシャー効果(名目金利=均衡実質金利+インフレ予想)によれば、インフレ予想の上昇は名目金利を上昇させる。よって、米国の長期金利上昇の原因は、米国における高いインフレ予想だ。
先述の通り、米国の高いインフレ予想は日本に伝染した可能性がある。先ほど示したのは消費者のインフレ予想だが、国債市場の参加者のインフレ予想も同様に伝染した可能性がある。
ここで再びフィッシャー効果の式(名目金利=均衡実質金利+インフレ予想)に戻ると、日本のインフレ予想の高まりが日本の長期金利を押し上げることになる。このように解釈すれば、日本の長期金利上昇は「同期」の帰結だ。
日本の長期金利上昇の要因が金利裁定か、それとも「同期」によるものかを判定するのは容易でない。正直に言えば、今のところ「同期」という解釈もできなくはない、という程度だ。
ただし、それぞれの含意が大きく異なることは留意すべきだ。