渡辺努 物価の教室Photo:PIXTA

日本の消費者たちは、物価は据え置かれるのではなく毎年上がるものと見方を大きく変えている。一方、この方向転換の波に乗り切れずデフレマインドを払拭できていないのが、日本銀行とエコノミストたちだ。両者の予測にはある悪い「癖」が存在する。(東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努)

消費者・企業・労働者のデフレマインドは
この1年間で大きく改善

 2022年の春以降、日本でインフレが続いている。その最大の要因は、消費者のインフレ予想の高まりだ。物価は据え置かれるものと長らく信じてきた日本の消費者は、ようやく「物価は上がるもの、物価上昇は仕方ないもの」と予想を変化させた。

 この変化は、消費者だけではない。顧客が逃げてしまうことを懸念してコスト増を価格に転嫁できずにいた日本企業は、昨年の春頃から「価格転嫁しても消費者は逃げない」と認識を徐々に変化させている。

 価格転嫁が進むと生計費が上がるので、労働者の生活が苦しくなる。この状況から、労働組合にも変化が生じた。今まではベースアップ(ベア)要求をしないどころか、そもそも春闘を実施しない弱気の姿勢も多く見られたが、今春は中小企業を含めて続々とベアを要求する機運が高まり、約30年ぶりの高い賃上げを実現した。

 つまり、経済の主要プレーヤー(消費者、企業経営者、労働者)は物価に対する認識を「据え置かれるもの」から「毎年上がるもの」へと大きく方向転換しつつある。岸田首相の提唱する「賃金と物価の好循環」の実現に向けた大きな前進だ。

 ところが、この方向転換の波に乗り切れない人たちがいる。日本銀行とエコノミストだ。まずは、日銀から分析してみよう。

 日銀については、植田和男総裁自身もデフレ脱却を高く掲げているではないかという反論が想定される。確かに日銀のHPを見ると、その手のメッセージがテンコ盛りだ。

 ところが、日銀が公表している物価の見通しを詳しく見ると、先に挙げた経済の主要プレーヤーの見方とは随分とかけ離れている。