海外投資家が「日本で少数派のシナリオ」を市場に織り込みつつある厄介な実情Photo:Caroline Purser/gettyimages

昨年10月に出版した『世界インフレの謎』(講談社現代新書)では、世界でインフレが起きているのはなぜか、そして、日本の物価はどういう状況なのかを解き明かそうとした。本書は昨年6月から8月頃の私の理解に基づいている。米欧を中心とする世界の物価に関して、私の考えは今でもほとんど同じだ。ただし、日本の物価については、1年前に想定していなかった新たな学びがあった。(東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 努)

日本はずっと「異端」だった

「世界には4種類の国々がある。先進国と発展途上国と日本とアルゼンチンだ」

 今も語り継がれる有名なジョークを残したのは、ノーベル経済学賞を受賞した偉大な経済学者、サイモン・クズネッツだ。日本とアルゼンチンは異常値、という意味である。

 ここで日本が挙げられる理由は、1960年代の異様な高成長を指してのことだろう。今の日本は高成長ではないので、その意味での異常値ではない。

 しかし、別の意味での異常な状態は続いた。95年以降の日本は、四半世紀にわたって物価と賃金が毎年据え置かれ、金利もゼロに張り付いている。日本の物価・賃金・金利の3変数は全て異常値であり、クズネッツのジョークは形を変えて生きている。これが『世界インフレの謎』を貫く視点だった。

 そして、この状況を一変させたのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。

 まず、米欧のインフレは疑いなく新型コロナウイルスに起因するものだ。ウイルスが消費者・労働者・企業の行動を変容させた。しかもその行動変容は世界全体で「同期」していた。だから通常ではあり得ないほどの大きな力となって世界経済にプレッシャーをかけた。

 最も象徴的だったのは労働供給の減少だ。米国でシニア層が早期リタイアするなど、米欧各国で労働供給の減少が同時多発的に起こり、それが世界中で賃金高・物価高を招いた。私は『世界インフレの謎』で、労働供給の減少などの行動変容はパンデミックの後遺症だと強調した(経済的な面での後遺症という意味。詳細は『世界インフレの謎』を参照)。この理解は今も変わっていない。

 一方、日本の物価は米欧と異なると考えていた。米欧の物価のキーワードが「同期」だとすれば、日本の物価のキーワードは「異端」だ。理由は先に述べた通りである。

 ウイルスが米欧の物価を引き上げ、それが異端の国・日本に流入することで、長年続いた物価の据え置き状態が解消に向かう。すなわち、米欧を苦しませたインフレは、日本にとってデフレを解消する神風になる。これは一見不思議な話だが、コロナ前夜の日本のインフレ率は他国に比べ低過ぎたのだから、おかしな話ではないと私は考えていた。これが1年前の認識だ。

 しかし、当時の私が想定していなかったことがある。