この時、赤畑が取り組んだのが、VLP(ウイルス様中空粒子)を使ったワクチンだ。VLPとはなにか? 赤畑が特集されたNHKの番組『サイエンスZERO 「挑戦者たち! 新型ワクチン開発で世界を救え」』で放送された例え話が非常にわかりやすかったので、ここにそれを記す。

シュークリームをウイルスだと仮定する。クリームの部分が遺伝子で、クリームをきれいに抜いて外側の皮だけになったものが、VLPである。VLPの表面に、ウイルスの特徴となる物質=抗原を乗せると、「ウイルスにそっくりな、中身のない殻」ができあがる。中身=遺伝子がないということは増殖能力もなく、人体に害はない。ウイルスの張りぼてと言ってもいいだろう。

この張りぼてを、人間の体に注入するとなにが起きるか。人間の免疫系は「見たことのないウイルスが入ってきた!」と勘違いし、大量の「抗体」を放出して、アタックを開始する。無害の張りぼては、すぐに消滅する。

重要なのは、張りぼてが体に侵入してきた時に、体の隅々まで「この顔を見たら、攻撃せよ」という「ウイルスの指名手配書」がばらまかれることだ。人間の免疫系はとても賢いので、この指名手配書をしっかりと記憶して、次に同じ顔をした本物のウイルスが来た時には総攻撃を仕掛けて、壊滅させる。張りぼて=VLPは、この免疫反応を導くための仕掛けなのだ。

VLPのアイデア自体は以前からあるもので、B型肝炎ワクチンや、子宮頸がんワクチンなどに応用されている。しかし、チクングンヤ熱のように被害者数が多い感染症のワクチンとしてVLPを広く活用するには大きな課題があった。シュークリームのクリームを抜くと中身は空洞になり、柔らかい皮はぺしゃんこに潰れてしまう。VLPも同じく、見た目はウイルスと同じでも、非常にもろくて壊れやすい。人間の体のなかでしっかりと張りぼての役割を果たすVLPを作るのは、技術的に至難の業なのだ。

大学院生の時、速水教授のもとでVLPを使ったHIVワクチンの開発に携わり、NIHでも研究に勤しんできた赤畑は、それまで誰も実現できなかったチクングンヤウイルスのVLPワクチンの開発に挑んだ。これが、大きな転機となる。

250分の1の確率で“アタリ”を引き当てる

チクングンヤウイルスは、遺伝子が異なるものが約250種類ある。赤畑は、そのうちの2つを選んで、VLPを作ってみた。すると、1つのウイルスでは失敗したものの、もう1つのウイルスで成功。ずいぶんあっさりとできたことに驚きながら、そのVLPを精製して、動物実験に臨んだ。VLPをマウスに注入した時に、体内にどれぐらいの抗体ができるのかを確かめるのだ。