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数々の大人気アニメ作品を生み出してきたスタジオジブリの宮崎駿監督、高畑勲監督。その両巨匠を支えたトッププロデューサーの鈴木敏夫氏から、若き日の著者が厳しく教え込まれたのは「社会的バランス」の大切さだった。本稿は、石井朋彦『新装版 自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド』(WAVE出版)の一部を抜粋・編集したものです。

「バランスを大事にしろ!」
鈴木プロデューサーから連日の喝

 ぼくは、とても極端な人間です。

 感情的ですし、熱しやすく、冷めやすい。のめり込むと、まわりが自分のことをどう見ているのかを気にせず、突っ走ってしまうこともしばしばです。たまに、極度の自己嫌悪に陥ります。

 でも、なんでも平均的だという人はいないし、おもしろい生き方をしている人ほど、よくも悪くも偏っているものです。

 鈴木さんもまさにそうです。せっかちで待たされるのが大嫌い。食堂で、前の人のテーブルが片づけられる前に席について、お店の人を困らせますし、せっかちすぎてトイレで手を洗わないことが、スタジオで問題になったこともあります。

 そんな鈴木さんからぼくは、「お前は極端だ。バランスを大事にしろ」と言われ続けました。

 バランスが取れているって、どういうことなのでしょうか。「バランス感覚?」「平均的に秀でていること?」。平均というものがわからず悩んだ時期もありました。でも、鈴木さんの言う「バランス」とは、平均のことではなかったのです。

 ある日、自席の机で新聞を広げていると、鈴木さんがちらっと横目でぼくを見て通りすぎました。しばらく経って、部屋に呼ばれました。

「石井、さっき、新聞広げて読んでいただろ。あれ、やめたほうがいいぞ」

 別に、漫画や雑誌を読んでいたわけではありません。仕事のために読んでいたという認識でしたから、ぼくはちょっとカチンときて、「どうしてですか?」と反論しました。鈴木さんはタバコをふかしながら、ニヤッと笑って言いました。

「石井はいま、何歳?」

 当時ぼくは20代半ばです。答えると、鈴木さんはこう続けます。

「この部屋でさ、石井はいちばん年下だろう?その石井が、朝から自分の机で新聞を広げて読んでいたら、みんなどう思う?決していい気分はしないんじゃないかな。でも、資料を読むスペースである共有テーブルで読んでたらどうだろう?もっと印象はよくなるはず。自分がどう思うか、は関係ないんだよ。まわりが石井のことをどう見ているか、ということのほうが大事なんだ。じゃないと、いい仕事はできないぞ」

 当時は若くて血気盛んでしたから、鈴木さんがどういう意図でそう言ってくれたのかをちゃんと理解していませんでした。ですがいま、若い人が仕事場に入ってきて、ときに彼らを指導しなければならない局面に立たされたとき、その真意がとても深く身にしみます。

「いい?石井にバランスが足りないというのはこういうことなの。バランスというのは、『社会的なバランス』ということなんだ。仕事をする以上、『社会にモノを言って、通用するか』ということがいちばん大事なんだ。自分の考えや価値観だけを、受け手のことを考えずに伝えようとするなら、その前には大きな壁が立ちはだかる」

「核心的なことを言いたくても、相手によって、状況によっては通用しないことがある。特に、対象が保守的である場合はなおさらだよ。その場合は、あえて言いたいことを内に秘め、まず相手の『壁』を崩してゆかなければならない。そのためには、常に、自分と世間との関わりと、自分が世間からどう見られているか、ということを考えなければならない」

 人には、年齢や地位、経験といった、さまざまな立場やイメージがあります。一方、内面では、「自分は本当はこういう人間である」という自我を持っている。ぼく自身、他者像と自己像が一致していないことに、長いあいだ苦しみました。

 でもいまは確信します。

「自分が見られたい自分」よりも「人が見ている自分」が自分なのです。

 つまり、仕事を進めるためには、他者から見た自分を知らなければならない。それが鈴木さんの言う「社会的バランス」の答えでした。

甚兵衛、作務衣、サイコロの自己演出
「自分は周囲からどう見られるのか」

 『魔女の宅急便』の製作委員会で、配給会社の偉い人の発言に、鈴木さんが異を唱えたときのことを、話してくれたことがありました。

「委員会が終わったらさ、会議室の外に呼ばれて、言われたんだよね。『お前みたいな若造が生意気な口をきくな!』ってね」

 当時、鈴木さんは40歳です。若造とは言えません。鈴木さんは見た目が若く、服装もラフだったので、若く見られることが多かった。鈴木さんは、「若造だから思ったことを言ってはいけないのか」と思ったそうです。