でも、偉い人に反感を持つのではなく、話し方や立ち居振る舞いを変える努力をしたそうです。髭を生やし、ジーンズをパンツ(とはいえチノパンだったようですが)に変え、少しでも年かさに見えるように心がけた。

 最近の鈴木さんは、甚兵衛や作務衣をまとっています。それがまた、似合っている。大物感というか、映画界の重鎮というか、独特のオーラを鈴木さんにもたらしています。

 また、鈴木さんのテーブルには常にサイコロが常備されていて、打ち合わせ中に「最後はサイコロで決めるんです」と言って場を沸かせます。

 重要なのは、鈴木さんがこうしたアイテムを使い、周囲から自分が、「どう見られるかを意識している」という点です。

 鈴木さんが重要な決断を下すとき、サイコロを使っているのを、少なくともぼくは見たことがありません。サイコロという小道具ひとつで、ひょうひょうとした空気を演出しているのだと思います(本当に、サイコロで決めているときがあるのかもしれませんが)。

 篠原征子さんという、名アニメーターがいました。東映動画時代に監督の宮崎駿さんと出会い、『アルプスの少女ハイジ』全話の動画検査をつとめ、『未来少年コナン』『赤毛のアン』『ルパン三世 カリオストロの城』そして『風の谷のナウシカ』から『ハウルの動く城』まで、宮崎作品の現場を支えてきた人です。

 アニメーターを引退したあとも、スタッフを叱咤激励してくれる、ぼくら若手のジブリスタッフにとって、お母さんのような存在でした。

 ある日、篠原さんに呼び止められ、こう言われました。

「きれいな格好していなきゃダメよ。汚い格好しているとね、そういう仕事しかまわってこない。ちゃんとした格好していれば、それなりの仕事がまわってくるものよ」

 アニメーション業界には、大事な商談にもジーンズとTシャツでのぞむ人がめずらしくありません。けれど、クリエイターならまだしも、プロデューサーがそれでは、決まる仕事も決まらない。

 クリエイターである高畑勲さんや宮崎さんも、常に襟のあるシャツを着て、ズボンにはきれいなクリース(折り目)がついています。

 ぼくは、篠原さんからアドバイスをいただいて以来、スーツかジャケット、シャツを常に着用するように心がけています。

本来の自分をさらけ出すほうが「得」
持って生まれた「核」で勝負

 若いころのぼくは、周囲から「完璧な仕事をする、優秀な人間」と見られたいと思っていました。だから失敗も人一倍恐れていたし、「自分はみんなと違う」という壁をつくっていました。

 ですが、本当の自分は、「よく失敗するけれど、立ち直りの早い、明るい人間」なのだと気づきました。残念ながら、完璧に仕事をこなすことはできないし、頭脳明晰な戦略家でもない。

 でも「失敗を恐れず、すぐに這い上がって物事をなんとかする」という、生まれ持った泥臭い性分は、けっこう役に立つようなのです。正直にさらけ出したほうが、「得する」場面が多かった。

 ぼくのまわりにはいつも、自分よりも優れた才能のある人がたくさんいます。そんな人たちに、「石井がいると、なんとかなる気がするんだよね」という言葉をかけてもらえることがあります。

 それは、立ち直りの早い性質からくるトラブル対応のおかげなのです。ぼくは、問題が起きても、すぐに別の手を考えます。思考停止にならず、どんどん具体的な提案と行動をするところが長所らしい。

 一方、こまかいミスも多くて、先日も大事なプロジェクトのメンバー全員に送った確認メールで、あろうことか重要な日付を間違えてしまいました。でも、そんな失敗をみんながフォローしてくれて、チームの親密度が深まった瞬間でもありました。「完璧な自分」を目指すより、ずっといいのです。

 いつしかぼくは、自分の失敗やダメなところを、積極的に人に話すようになりました。ダメな自分をさらけ出すほど、周囲はぼくのことを評価してくれます。

 一方、「こうありたい自分」を目指せば目指すほど、人との距離が離れてゆくのです。

「こう見られると得」という自分が、結局「本来の自分」であったというのは、この本の本質に通じます。つまるところ、自分を捨てて残ったもの――持って生まれた「核」で勝負するほうが何事もうまくいくのです、きっと。