D&Iは「中小企業には無理」という声もあるが…

 両輪である「キャリアオーナーシップ」と「ダイバーシティ&インクルージョン」を、垂水さんは、法人や自治体といった組織に対しては、コンサルティングやカウンセリング、研修・セミナーを通して伝えている。

垂水 企業の管理職にキャリア自律の話をすると、「(部下が)“キャリア自律”すると転職してしまうのでは?」と言われるのですが、「自律すること」と「独立(転職)すること」は違います。

 いまは人生100年時代。適当に仕事をしていては、キャリアは続きません。「どんなふうに仕事をしていきたいか?」「どうして、この会社に入ったのか?」「10年後にどうなっていたいのか?」を、人事部や管理職が従業員と向き合うことが重要です。管理職が親身に向き合ってくれたら、部下は感謝もするし、「この人のもとで頑張りたい」と奮起するはずです。組織に対するロイヤリティが上がり、「この会社でしっかり働く」という成長欲求にも繋がる。これこそがキャリア自律なのです。私は、人事部や管理職の方々に、「従業員のキャリア自律を促すために、キャリアコンサルティングの制度を入れましょう」「部下の話をもっと聞きましょう」などと働きかけています。

 現在、多くの中小企業が抱える「人材不足」という課題に対しては、「ダイバーシティ&インクルージョン」が解決の糸口になる可能性がある。

垂水 中小企業の経営者が持つ、「社員が育たない」「人が足りない」という悩みには、多様性を踏まえたマネジメントをすることをお伝えしています。競争率の高い新卒の採用にトライしながら、一方で第二新卒や仕事を辞めた人、子育てをしている人、シニアなど、多様な人の採用を提言しているのですが、経営層からアンコンシャスバイアスを感じる発言を聞くことは少なくないです。

 離職を防ぐためのマネジメントは大切で、職場環境や安全性、コミュニケーションなど、いろいろな面に気を配っていかなくてはなりません。「『ダイバーシティ&インクルージョン』なんて、中小企業には無理」という声もありますが、私は「中小企業ほど、『ダイバーシティ&インクルージョン』ができる」と思っています。大企業の場合、一人のために制度を作ることは難しいですが、中小企業だったら、たとえば、優秀な従業員が介護のために辞めなくてはならない状況になったとしても、それをきっかけにその人が活躍できるように環境を見直すことができます。そうすることで、他の人も働きやすくなることもあるでしょう。中小企業ほど、「個人を見る」ことができるのです。実際にそのようにして職場環境を改善している企業もたくさんあります。

 また、昨今、キャリアコンサルタントが増えていますが、私たちコンサルタント側にもマネジメント感覚を磨く必要があると感じています。「上司がひどい」「会社を辞めたい」といった従業員の悩みを聞くと、コンサルタントが同調して、問題解決に走ることもあります。しかし、そこに流されず、「上司はあなたをどう見ているか?」「この組織でどうありたいのか?」といった本人が見えていない、気づいていない視点をもとに支援することが大事だと思います。私の場合、会社員時代にマネジメントを経験し、経営者と社員の間に立ったことが、とても良い経験になりました。

従業員の悩みを聞く立場のキャリアコンサルタント側にも“マネジメント感覚”が必要だと、垂水さんは語る。