リアル空間とバーチャル空間で提供する顧客体験のデザイン

JVCケンウッド・デザインでは、グループのコア技術である映像・音響・無線をベースに、未来の五感体験を探るセンスウエア・プロトタイピングに取り組んでいる。後編では、そこで生まれた体験価値を事業価値につなげる自動車の車室内空間と、メタバース空間という二つの空間作りについて、同社の浦航介氏、豊口馨氏、守屋克浩氏に話を聞いた。(聞き手/登豊茂男 日本インダストリアルデザイン協会[JIDA]、フリーライター 井原恵子、構成/音なぎ省一郎)

感性に訴えるデザインで、車室内空間に価値ある体験をつくり出す

――JVCケンウッドは、カーナビの開発・製造において長い実績があります。最近では自動車のユーザー体験に関して、どんなテーマに取り組まれていますか。

 ここ5年ほど、外部の自動車メーカーなどのUX、UIデザインに関わるプロジェクトや先行研究が増えています。

 例えば、ブランドイメージと情感表現を融合した動的な光をデザインするプロジェクトでは、シミュレーションソフト会社と共同で、灯火器のモーション化によってブランドイメージを向上させる可能性について探りました。

 この取り組みでは、車内外のライティング、車載インフォテインメント(インフォメーション[情報]とエンタテインメント[娯楽]を組み合わせた造語)、HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース=人間と機械の間でやり取りするシステム)に展開できるデザインとして、不定形の「水」をコンセプトに、光が「流れる」動きの可視化に取り組み、「ぼやっと」とか「ふわっと」とか感じさせるにはどのように光らせればよいかを追究しました。

――具体的にはどのようなものでしょう。

 リラックスできる車内空間を演出する間接照明や、流れるように柔らかく動くライティング、乗り込む際に足元をふわっと誘導するウエルカムカーペットのような光、フロントガラスに行き先を星座のように映し出すといったものです。

 これは、レベル4の自動運転(特定条件下の完全自動運転)環境を想定しているため、運転するために必要なライティングとは異なります。行き先の表示もあえて抽象的なものにしているのも、あくまで、乗車している人がこの先を気持ちよく思い描いたり、心の準備をしたりすることを目的にしているためです。

 実用化するとしたら、自社製品であるカーナビのチップやコントロールボードに、「光のコンテンツ」が加わる形が想定されます。それらをユーザーが自分の好みや気分に合わせてカスタマイズ、パーソナライズすることも可能となります。
 
――自動車における新しい付加価値ということですね。

 ユーザーが移動に求めることが大きく変化しています。今までは「行き先にたどり着く」ことが一番の目的でしたが、若い世代では「移動中を、誰とどう過ごすか」「その雰囲気を他の人と共有して、共感してもらえるか」という方が大事なのです。

 私たちは長年「気持ちよく音楽を楽しむ」とか「道が分かって安心できる」とかといった、理屈だけでは解けないことに取り組んできました。そこではハードのスペックの高さが必ずしも顧客の満足度につながるとは考えていません。

 例えば車載カメラでは、解像度の高さなどのスペックに目が向きがちですが、自撮り機能が搭載されることで、乗る人に移動中の楽しみや他者と共有することの喜びを与えてくれる方が満足度は上がるかもしれない。そうした価値ある体験を提供するために、私たちは「人は何を求めて移動するのか」という根源的なところを探っているのです。

リアル空間とバーチャル空間で提供する顧客体験のデザイン車を利用する体験は、「運転体験」から、その場にいない人を含め共有する体験へと広がっている

――自動車メーカーからの要求にもそうした変化は表れていますか。

 最初からそうした提案が求められることはありません。ただ、具体的な要求から、本当に求められていることを一緒に考えるという動きは生まれています。クライアントの企業や担当者によって、求められる部分も深さもさまざまですが、「顧客の体験価値」をどうつくるかという課題が根幹にあることは共通しています。そのため、私たちにはメーカーのエンジニアにはない切り口で「目的に対して、どんな体験価値を提供できるか」を考えることが求められているのです。

――現場では、体験価値のありかを探ることと表現することは、同じ課題としてつながっているのですね。

 自動車関連でも、特にITの進化とともに「使っている人が何を思い、感じるか」がますます大事になっています。五感体験の素晴らしさに心躍る人もいるし、若い世代ではSNSで映える、共有して盛り上がる体験がうれしい人もいる。今後はさらに別の喜びが見つかるかもしれません。いずれにしても、人の気持ちの根源に目を向けることが不可欠です。そのためにはデザイナーも、心理学、社会学を含めた、広い視点を取り入れる必要を感じています。