大河ドラマ『光る君へ』で紫式部が注目されているが、紫式部の父・藤原為時も血筋の壁に出世を阻まれた一人。平安文学研究者・山本淳子氏の著書『平安人の心で「源氏物語」を読む』(朝日選書)から一部を抜粋、再編集し紹介する。
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平安社会は非・学歴主義
京都は平安神宮の近くにある藤井有鄰館(ふじいゆうりんかん)は、驚きの美術館だ。中国の美術品や遺物の、それも目をみはるようなコレクションが、全くさりげなく並べられている。中でも特に息をのむのが、「科挙(かきょ)カンニング下着」である。一見ただの白い衣だが、よく見るとルーペがなければ読めないほど細かい字で、びっしりと『論語』など四書五経(ししょごきょう)が記されているのだ。
中国の官界への登竜門「科挙」は、厳正な試験による人材登用制度だった。合格するのに十年以上の歳月がかかったという例も珍しくない。そのため、合格したい一心からこうしたカンニンググッズを作った輩も、中にはいたのである。科挙には、不正防止のため牢獄のような個室での受験が課せられる。その個室にこのカンニング下着をつけて入り、試験に臨んだというわけだ。それにしても、実際には役に立ったのだろうか。背中の真ん中に書いた一節などは、上衣も下着も脱がなくては見られなかっただろうに。
科挙の制度はなぜ作られたのか。それはもちろん、有能な人材を抜擢するためだ。無能な者が、賄賂や縁故だけで高い地位に就くことを阻止するためだ。