年齢や性別を問わず、いつの時代にもビジネスパーソンの心を掴んで離さない池井戸潤氏の作品。週刊ダイヤモンド6月8日・15日号よりスタートした最新作『ブティック』は、銀行やM&A仲介会社を舞台に繰り広げられる人間ドラマが描かれる。さらに多くの読者を惹きつけるに違いない。なぜ池井戸作品は多くの人々を魅了するのか。その理由を探った。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)
銀行員を惹きつける
絶妙なリアリティー
デビュー作の『果つる底なき』に始まり、大ヒットした「半沢直樹」シリーズなど、池井戸潤氏は銀行を舞台にした作品を多く世に出してきた。それ故に、全ての池井戸作品を読破したという熱烈なファンの中には、銀行や証券会社など金融業界に身を置いた経験のあるビジネスパーソンが多い。
そんな熱烈な池井戸作品ファンがその魅力として口をそろえるのは、細部に宿るリアリティーの絶妙さだ。
あるメガバンクの現役行員は、「『クレジットファイル』や『裁量臨店』など、作品中の用語には、実際に銀行内で使われているものも多く、それだけでいや応なく小説の世界に引き込まれる」と話す。
登場人物もしかり。緻密な設定を基に振る舞いや言動、心のひだまで丁寧に描かれているが故に、「半沢直樹シリーズの人事部次長はうちの銀行ではこの人、本部官僚のエリートならあの人と、人物を思い浮かべながら読むことができるのも、池井戸作品の醍醐味」と別のメガバンク行員は話す。
物語の根底に流れる組織の力学も、多くの銀行員をとりこにした理由だろう。とりわけ人事に関する描写は、琴線に触れるはずだ。
『オレたちバブル入行組』(半沢直樹シリーズ1)では、浅野匡(あさの・ただす)・大阪西支店長が不正を隠蔽するために人事権を乱用した。また『シャイロックの子供たち』でも、東京第一銀行長原支店の面々が出世や転勤に心を乱され、さらに妻や子供が抱くささやかな夢や希望も左右する様が描かれている。
人事は銀行員の最大の関心事だ。それは厳しい出世競争が繰り広げられているためで、実際春になると、同期の中で誰が有望部署のポストを得たかを電話番号一覧で確認し、一喜一憂する。
そんな文化で生きる銀行員にとって、登場人物に自らを投影せずにはいられないのだ。大手都市銀行で社会人生活を送った池井戸氏だからこそ描ける世界観だろう。