上司や人事担当者は、個人の「will」の伴走者に

 パートナーの海外転勤などによる従業員の離職を避けたい企業は多いだろう。しかし、“海外リモートワーク”を企業側が認め、雇用を続けていくには多くの壁がある。制度や物理的な問題はさておき、メンタル面で、人事担当者や管理職が海外の就労者に向き合う秘訣は何か?

 国や地域によっても異なりますが、特に生活設営が必要となる引っ越しから半年ほどは、心身ともにハードなことを理解したいですね。ご自身だけでなく、帯同されるご家族がいれば、それに伴う対応なども必然と増えます。上司や仲間に支えられている私は、性悪説ではなく、性善説でのマネジメントやコミュニケーションがワーク・エンゲージメントにつながっています。「(海外で働く者の姿が)見えないから」といって、上司や人事担当者が必要以上に管理したり、問いただしたりすると、お互いに苦しくなります。海外在住で物理的な壁が厚い分、相手のことが気になるのは当然ですが、「午前中、あなたはどこで何をしていたの?」と上司に尋ねられるよりは、性善説で「あなたを信頼しているから大丈夫」「何かあったら、どんなに小さなことでも相談して」と言われるほうが、多くの人は「頑張ろう!」と思うはずです。それと、「性弱説」という考え方もあって……人は、そもそも弱く、一人だと寂しくなりますし、不安になります。海外在住では、なおさらそうでしょう。仕事の結果や進捗の共有ばかりではなく、「いま、どういう感情なの?」「毎日どんなことに困っている?」というふうに感情面のシェアができる問いやコミュニケーションを上司や人事担当者が行うことで、“海外リモートワーク”の人は救われていくはずです。

 HR業界で長く働き、さまざまな経験知を持つ東さん。現在の仕事では広報活動以外にも、クライアント企業の新事業創造を補佐し、伴走するなかで、あらゆる業種の若手社員に接している。次世代の若者たちと接していて、東さんが気づくことは?

 私が社会に出た頃の日本の企業は、売り上げを伸ばすとか、商談の約束を取るとか……個人と組織の成長をベースにした絶対的な目標や評価基準が比較的はっきりしていましたが、いまは、働くことの価値観も多様化・細分化していると言われていますね。

 先日、大学生の方5人にインタビューをさせていただく機会があったのですが、成長意欲が高く、社会の問題や課題に対しても意欲的な方が多かったのが印象的でした。昨今、メディアなどで言われる「〇〇世代は、安定思考だから」などといったカテゴライズを無意識にしてしまっていたことに気づかせてもらいました。michinaruに入社後、若手の方だけでなく、成熟企業で組織変革や事業創造に精力的に取り組むチェンジリーダーの方々にお会いするなかで、特に感じるのが、それぞれの挑戦や奮闘を一過性のものにしないために、応援し合える仲間やつながりが必要だということです。そんな想いから、組織を越えて、事業創造や組織変革に奮闘する方々が集うイベントを今年(2024年)の7月に開催する予定です。

 東さんと「HRオンライン」の出会いは、ある日、東さんが発信してきた一本の国際電話だった。「オンラインの記事を読みましたが、何らかの情報共有ができるかな、と思いまして……」と、ありがたい提案を受けた。東さんのそうした仕事ぶりや、執筆された文章には、東さんならではのしなやかな「will(意思)」があり、「やらなければいけない仕事」だけではなく、「やりたい仕事」を自らに問い、誠実に向き合っている様子がうかがい知れる。

 企業で働く私たちは、組織のルールや、自分の役割からくる“やらなければいけないこと”――must(マスト)を重視しがちですが、クライアント企業の事業創造に伴走する私は、“誰かに言われた課題(must)”ではなく、“心から取り組みたい課題や解決したい問題”――will(ウィル)からアイデアを考えて事業を生み出す人の勇姿をたくさん見てきました。経営層の皆さん、人事担当や管理職の方には、従業員一人ひとりのwill(ウィル)を引き出す問いかけが必要だと思います。must(マスト)で縛るよりも、個人のwill(ウィル)と企業の方向性が重なる部分を見つけ、will(ウィル)の実現機会を提供していく――上司や人事担当者が、個人のwill(ウィル)の伴走者になれるとよいと思います。相談されると、つい、解決策を提示したくなりますが、問題解決のために、相談者が「自分が本当に実現したいこと(will)って何だろう?」「自分がありたい姿とはどんな状態だろう?」と考え、自らのwillや内発的動機からアクションを起こすことが重要なのだと、HRの仕事に長く従事してきて感じています。