鎌倉高校前1号踏切から富良野町のカラマツまで
観光客増加に伴う5段階の意識変化

「Doxyモデル(Doxey1975)」は観光客増加に直面したときの地元住民の意識と行動を以下のような5つの時系列的な段階で説明している。

 第1段階は幸福感(Euporia)で、適度な観光客来訪による地域の経済成長を通じて、市民が雇用創出、交通インフラの改善、生活水準の向上といった恩恵を受ける。観光客との交流は友好的で、肯定的な存在とみなされる。

 第2段階は無関心(Apathy)で、観光客が増加し、より正式な受け入れ体制(観光産業)が整備されたときに現れる。市民は観光を当たり前の経済活動として見るようになり、人間関係やもてなしの気持ちは減少する。

 第3段階は苛立ち(Irritation)であり、観光客の圧力が臨界点に達する。マスツーリズムに関連する負の外部性(汚染、廃棄物処理、迷惑行為)の方が、経済的利益よりも重要であると認識される。

 第4段階は対立状態(Antagonism)。観光客は日常生活を破壊する存在とみなされる。

 第5段階は対応(Reaction)で、都市の一部が観光の所有物となって後戻りができないと認識した市民が都市を再構成(reinvent)する必要性に焦点を当てる段階である。

 オーバーツーリズムが悪化した第3段階以降は、観光恐怖症(Tourismphobia)もしくは anti-tourism(反観光)と呼ばれる。

 地域住民が観光客を拒絶する。海外でも、オランダの首都アムステルダムが、特定の観光客に同市を訪問しないよう促すキャンペーンを開始した例や、ヴェネチアの反観光的グループによる、ヴェネチアに寄港するクルーズ船からの乗客の退出を妨害するデモなどの例があり、深刻な問題となっている。

 サグラダ・ファミリア教会などで有名なバルセロナには昨年1200万人以上の観光客が訪れており、この地域も様々な施策を打っているが、2024年7月6日には2800人が参加するマス観光客反対のデモが行われた。

 日本でも富士山観光や京都観光などの有名観光地におけるオーバーツーリズムがメディアで報告されているが、こうした著名観光地のみでなく、もともと観光地として想定していなかった地域になんらかのきっかけで観光客が急増する事例が増えてきている。

 たとえば、1993年に放送開始されたテレビアニメ『スラムダンク(SLAM DUNK)』のオープニング映像のモデルとして知られる江ノ電の鎌倉高校前駅を降りた西側にある「鎌倉高校前1号踏切」だ。また、10年ほど前にJALのCMで使われた北海道上富良野町の私有地に立つ5本のカラマツの事例では、あるCM中にタレントの相葉雅紀氏が「嵐の木って呼んでいいかな」と話したこともあり、巡礼を行うファンが殺到した。

 私有地に立ち入り撮影を行うファンが後を絶たず、ゴミのポイ捨てや違法駐車などの問題も発生。激怒した木の所有者が被写体としての価値を下げるために新たに木を2本植えて7本の木にしてしまった。日本の地方圏には膨大なインバウンドツーリズムの機会が広がっているのだが、こうした課題への対応を間違ってしまうと、せっかくのその機会を活かせなくなる。