ビッグモーター×損ジャ事件は
新古典派経済学の前提を覆すもの

 古典派の経済学者は供給側から市場を見ていました。つまり、「供給はそれ自身の需要を創造する」と考えたのです。ある財の価格が下がれば、いずれ全量が需要される。これが「セイの法則」です。フランスの経済学者ジャン=バティスト・セイ(1767~1832)による古典派の命題です。

 一方、19世紀末の新古典派の経済学者は市場を需要側から考えて、「価値を決めるのは人々の効用(欲望)だ」としました。そこで両者のアプローチを合わせて需要と供給の法則を図示したのが、ケンブリッジ大学のアルフレッド・マーシャル(1842~1924)です。マーシャルは20世紀初頭にケンブリッジ大学に経済学専攻の学科を創設した教授です。

スーパーの閉店前値引きとビッグモーター事件…人間の欲望が「需要と供給の法則」では測りきれないワケ「マーシャルの需要供給モデル」の原図から編集部作成

 上の図は、「マーシャルの需要供給モデル」の原図を分かりやすくカラー化したものです。マーシャルが1890年に公刊した『経済学原理』に登場します。均衡価格の移動で市場が調整されるメカニズムを、図で描いています。本書でマーシャルはこう解説しています。

スーパーの閉店前値引きとビッグモーター事件…人間の欲望が「需要と供給の法則」では測りきれないワケアルフレッド・マーシャル(1842~1924)

「(略)需要と供給の均衡を幾何学的に図示するために、需要曲線および供給曲線をいっしょにえがいてみる。0Rは生産が実際に行なわれていく率を示し、かつ需要価格Rdが供給価格Rsより大であるとすれば、生産はひじょうに有利で、増産が行なわれよう。分量指標ともいうべきRは右移動しよう。反対に、RdがRsより小であれば、Rは左移動しよう。RdがRsに等しければ、いいかえると、Rが両曲線の交点(A)のまっすぐ下にあれば、需要と供給は均衡していることになる」(マーシャル『経済学原理Ⅲ』第五編第三章、馬場啓之助訳、東洋経済新報社、1966、(A)は筆者の補足)。

 このような市場メカニズムによる調整過程には、ヒトは合理的で効率的に行動するという前提があります。新古典派経済学の前提ということになりますが、実際にはこの前提を覆すさまざまな事件が起きます。

 最近で言えば、中古車販売のビッグモーターと損害保険ジャパンの事件です。自動車保険の市場で、修理会社がでたらめな修理をして保険会社に高額な修理代を請求し、保険会社が修理会社と結託あるいは黙認してでたらめな金額を支払い、後で保険契約者にツケを回す事態が全国で何件も発生しました。

 あるいは、同じ品質の商品ならば安い方から買う、という合理的な行動ではなく、「高くても通販のほうが便利だから買う」もしくは「ポイントをためたいから、高くてもお気に入りの店やウェブサイトで買う」こともあります。

 このような非合理的な行動がかなりあり得るので、需要と供給の法則は、物理学のような「法則」とは言えないかもしれません。しかし、現代の経済学ではこうした事態を分析し、「行動経済学」として理論化も進んでいます。これはまた別の機会に解説しましょう。

スーパーの閉店前値引きとビッグモーター事件…人間の欲望が「需要と供給の法則」では測りきれないワケPhoto:PIXTA