「17年くらい海外で暮らしていました。本当に子どもの頃から西洋が好きで。だから国産車にはあまりポジティブな印象がなくて。どの車も同じ。個性がないとか、そういう風に思っていたのですけれど……」

 こう語る酒井だが、この『Z』とのランデブーでその印象は大きく変わったようだ。

「今回、『Z』に乗ってみて面白い車だなと。走るための車で、ターボというか急にぶわっとくる。かと思えば非常に居住空間が快適で。ポルシェ(911カレラ)が余計なものを一切削ぎ落してただ走りを追求したそれならば、『Z』はバランスがいい――」

走りが第一なのに居住性も高い
バランスの良さが『Z』の真骨頂

ポルシェと唯一肩を並べる「昭和なスポーツカー」とは?クルマ好きの世界的作曲家が認めたその“スゴみ”【試乗記】ポルシェ『911カレラ』と日産『フェアレディZ』。共に日本とドイツを代表するスポーツカーだ。単なる移動や運搬のツールではなく、最新の科学と技術の粋を楽しめる場でもある

 このバランスの良さ、これこそが『Z』の真骨頂かもしれない。初代から今日の7代目まで『Z』に乗っていた、乗っている、後継者が出る度に乗り変えている人たち何人かの声を拾ってみると、あくまでも記者の取材した限りだが、不思議に挙がってくる声が「居住性能の良さ」だ。

 この走りを第一義とするスポーツカーであるにもかかわらず、居住性能にも気を配られていることがわかる作り手からの思いが乗り手へと伝わってくる車。これこそが日本の車らしい設計思想ではなかろうか。

 そうしたバランスの良さは、別の言葉に置き換えると「フットワークの軽さ」といえよう。今、市井に暮らす私たちにもそれが求められる時代だ。だが、そうは言うもののなかなかできるものではない――という向きもきっと少なくはないはずだ。

 そんな日本で暮らす人たちや日本社会の実情は、欧州で長く暮らしていた酒井の目にはどう映るのか。

「日本でよく言う職人芸。そればかりやっている。何かについて何十年、それはそれですごいのでしょう。でも、それはもう通じる時代ではないのでは――。日本に戻って来て思うのですが、そういうタイプって変化に弱い。ついていけないですよね」

 優しく静かな口調でゆっくり噛んで含めるように酒井が話す。その様子はまるで大学の研究室で教授が学生たちに世の実情を説く様を彷彿とさせる。そしてこう続けた。

「極めていくということも大事ですけれども、他のところにも注意を払える、目を向けていく。そういう人材って結構大事なんだなと。人がこれから生きるうえで大事だなと。フットワークの軽さですね」