また、規制の存在そのものが、既存の製品に加えて新たなイノベーションを引き起こすということもありそうだ。たとえば、たばこは長年、たばこの葉とフィルターというシンプルな構造の製品に留まっていたが、たばこ規制枠組条約が制定されてからは、従来のたばこの需要減少がみこまれたため、早くからたばこメーカー各社は、煙の少ないたばこや電子たばこなどの新しい製品開発に舵をきるようになった。これも規制がイノベーションを促進させた事例と言えよう。

エアコンが「省エネ」で統一
規制でイノベーションの方向性も明確に

 さらに、規制はイノベーションの方向性を明確にするという役割もある。日本の省エネ法はテレビやエアコンなどの家電製品について、トップランナー方式と呼ばれる省エネ性能の達成目標を数値化して公表することを求めている。省エネ法施行以前のエアコン業界では、コンパクトな室外機、部屋の角に設置できる扇形のエアコン室内機など、さまざまな製品のアイデアが提示されたが、省エネ法施行後は各社が一律に省エネ性能を上げることを第一に製品開発を行うようになり、顧客も省エネ性能を購買意思決定の重要な要因とするようになった。

 これは、ドミナント・デザイン(市場で支配的な製品仕様)決定前の製品イノベーションにおいて、不確実性の高い様々なイノベーションのための試行錯誤が繰り返されていたのに対して、法規制がエアコンのドミナント・デザインを「エアコンの重要な製品仕様は省エネ性能である」と、言わば強制的に規定したということができる。これにより、各社が試行錯誤によって無駄なイノベーションの試行を行わずに、ひとつのイノベーションの方向性に収斂させることができたとも言える。

 環境のための様々なアクションは、人間やその他の生物が地球上で暮らしていくのに必要なものであるが、これを情緒的な正しさだけで訴求するのは難しいのが現状である。インドの廃棄漁網のケースのように、顧客はリーズナブルな費用負担で環境に貢献ができたという満足を得ることができ、ウミガメの安全が保たれ、さらに企業にもイノベーションからの収益が得られるという「三方良し」が実現することが、環境のためのアクションをビジネスの方向性と合わせて実現を促進する原動力となると言えるだろう。

(早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 長内 厚)