もう一つ、この中国情報生態系の印象的な一面をお伝えしておこう。
刺された男の子が亡くなったことを日本メディアが伝えたのは、日本時間19日午前8時半ごろ。各メディア一斉だったことから、たぶん日本大使館のブリーフィングを受けてのことだと思われる。
だが、筆者はその直前、8時のニュースで耳にした「男児危篤」のニュースを中国語に翻訳して中国語のSNSに流したところ、中国人ユーザーから「もう亡くなったと聞いた」というメッセージが返ってきたのだ。そこから慌ててネットで調べてみると、その数分間のうちに日本メディアで流れたところだった。もちろん、中国メディアはまだ報道していなかった。それが中国ネットユーザーの「情報収集力」なのである。
「亡くなった男児の父親の手紙」とは
そんな中国のSNSで、20日午後から「亡くなった男の子の父親の手紙」という書き込みがシェアされ始め、あっという間にタイムラインを埋め尽くした。
その手紙は、冒頭に2人の日本人らしい姓が並べて書かれ、その2人に対する「昨日は遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました」という言葉から始まる、中国語の文章で、最後に父親の名前と見られる署名が入っていた。
しかし、筆者はすぐにひっかかった。「日本人の父親」が「日本人に宛てた手紙」が、なぜ「中国語で書かれている」のか?
タイムライン上でそれをシェアした、元ジャーナリストたちに尋ねても、「翻訳じゃないか?」「宛名は日本人じゃなくて中国人の名前かもしれない」などとそれぞれはっきりしない返事が返ってきた。手紙の出所を尋ねても、誰も知らないようである。
それは、いつもなら決してありえない情報シェアの仕方だった。見ているうちにそれでタイムラインが埋まり、これはきっと元ジャーナリストたちも日頃から信用しているジャーナリスト仲間たちがシェアしているのを見て、信頼性に確信をもったようだった。
だが、やはり日本人の筆者には、それが中国語であるという点がどうしても解せなかった。そしてそれはどこから、どうやって流出したのか? いったいそれは本物なのか?
……だが誰もそれらへの答えを持たないままにそれはどんどんとSNSでシェアされ、感情の渦を巻き起こし、そうするうちにあるメディアがそれを転載して記事にし、それがまたシェアされて広がり……そして、その記事と手紙に関する書き込みが削除され始めた。
しかし、それをシェアした人々はとっくに削除が始まるぞと予想しており、その多くがシェアとともにその手紙の魚拓をとっていた。もちろん、筆者も、真偽に対する疑問が解けない限りSNSでシェアするつもりはなかったが、経験上削除は予想されたのでコピーだけは残しておいた。だが、これが中国人たちの涙を誘い続ける一方で、これを読んでいない日本でただただ怒りが巻き上がるのを眺めているのを見て、お互いの情報ギャップの大きさに不安を感じ始めた。