CCCのだまし討ちが露見
楽天がリアル進攻を決断

 日本のインターネット業界では横綱のような存在である楽天にとって、ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)創業者の孫正義が設立したヤフーは同じく横綱の地位にある宿命のライバルである。ヤフーと増田のCCCが組む。三木谷にとっては頭の片隅にすらなかったシナリオだった。

 電話でのやりとりの中で、増田は三木谷にこう釈明したという。「ヤフーと提携交渉を進めていることは直前まで知らなかった」。CCCとヤフーの提携は増田の部下が独断で進めていたということである。

 笠原が呼び出されたのは、その増田の発言の解説のためだった。意見を求められた笠原はこう断言した。「増田さんは知っていたと思いますよ」。CCCで20年近く右腕として増田を支えてきた笠原にしてみれば、増田がこれほど重要な案件に関わっていないことはあり得なかった。

 笠原自身、CCCに在籍していたときに、他の企業との提携交渉などで増田からしばしば横やりが入った経験があった。

 ただ、三木谷はまだ釈然としない様子だった。三木谷は増田の言い分を信じたかったのかもしれない。それだけ、CCCとヤフーが手を組むという事実の衝撃は大きかったのだ。

 笠原は一計を案じた。おもむろに自らの携帯電話を取り出すと、三木谷や幹部らの前で、かつての部下であるCCC幹部の電話を鳴らし、スピーカーに設定した。三木谷をはじめ、その場にいた楽天の幹部は押し黙って、笠原とCCC幹部の会話に耳を傾けた。

「ヤフーとの交渉は大変だったでしょ」。笠原がそう水を向けると、かつての部下はあっけらかんとこう語った。「宮坂さん(当時ヤフーCEO〈最高経営責任者〉の宮坂学)と交渉していたんですけど、合意しそうになると増田さんが条件を変えろと言ってきたりして大変でしたよ。結局、1年ぐらいかかりました」。

「お疲れさん」。そう言って笠原が電話を切ると、部屋は水を打ったように静まり返った。直前に聞かされたどころではなかった。わずか数分のやりとりで、三木谷たちはだまし討ちだったことを悟った。

「最強タッグで日本のポイント市場を変える」。その翌日、東京都内で開かれたヤフーとCCCの資本・業務提携の記者会見。両社トップの増田と宮坂が、がっちりと握手を交わし、高らかにそう宣言した。最強タッグという称号は伊達ではない。当時、両社の提携は、CCCのTポイントが持つ店舗網というリアルと、圧倒的なシェアを誇るポータルサイトを持つヤフーのネットをつなぐ最も適した組み合わせだったのだ。

 だが、CCCが踏み切ったヤフーとの提携が皮肉にも経済圏の勢力図を一変させる大きなきっかけとなる。ネットの世界では最強のポイントを持つ楽天のリアルへの進攻を誘発することになったのだ。(敬称略)