カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が立ち上げたTポイントは2005年秋、ローソンの脱退通告によって絶体絶命の危機を迎える。CCCは生き残りを懸け、ファミリーマートとの交渉に臨む。『ポイント経済圏20年戦争』から一部抜粋し、背水の陣となったファミマとのトップ交渉の秘話を明かす。(ダイヤモンド編集部)
CCCがファミマ確保へトップ交渉
ローソン離脱の窮地を脱した内幕
ローソンの突然のTポイントへの脱退通告でカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)取締役の笠原和彦は焦っていた。生き残るには、ローソンに代わるコンビニエンスストアのパートナーが欠かせなかった。
業界4位のサークルKサンクス(現ファミリーマート)との交渉が、現場レベルでも議論が進むなど順調だった一方で、停滞していたのが、業界3位のファミマとの交渉である。Tポイント加盟は「1業種1社」ルールがあるものの、笠原は両社との交渉を並行して進めていた。最低でもどちらかを確保しなければならなかった。
06年7月、笠原はファミマの部長と面会する。だが、議論は遅々として進まない。膠着(こうちゃく)した事態を打開するために笠原は、イチかバチかトップ交渉に打って出ることを決める。
「ポイントの話でお会いしたい」。CCC社長の増田宗昭が電話したのが、ファミマ社長だった上田準二である。伊藤忠商事出身の上田は02年からトップの座にあった。当時、増田はまだローソンの社外取締役を務めていた。ライバル陣営の一員である増田からのアポイントを上田がいぶかしがったのは想像に難くない。だが、上田は増田らに会うことを決めた。
06年9月27日昼、ファミマ本社に程近い東京・池袋の和食料理店の個室にファミマとCCCの両社首脳が顔をそろえた。ランチミーティングである。
冒頭、増田は上田にトップ会談を申し込んだいきさつをこう打ち明けた。「ローソンに切られることになりました。恥ずかしながらパートナーを探しています」。上田は、正直に理由を打ち明けた増田や笠原に好印象を抱いたようだった。
初顔合わせにもかかわらず、テーブルの上に大量の資料を並べ、増田や笠原は上田らにTポイントの可能性を必死に説いた。増田らの熱っぽい説明を聞くうちに、上田は次第に共通ポイントに理解を示していく。
ファミマもポイントに手を付けなければならない現実もあった。セブンが4カ月前に、流通業界初の電子マネー、nanaco(ナナコ)を07年春にスタートさせると大々的に表明し、業界に激震が走っていた。そんな現実が上田の気持ちを後押ししたのも間違いない。1時間半のトップ会談の反応は上々だった。
その後、担当者同士が数回にわたって調整を進め、そして11月中旬。笠原はファミマ側から役員会でTポイント導入が決まったと連絡を受けた。両社の首脳が初めて顔を合わせてからわずか1カ月でのスピード決着だった。乾坤一擲(けんこんいってき)のトップ交渉は大成功を収めたのだ。
07年3月末にローソンが加盟店網から離脱し、Tポイントは苦境が続いていた。それは数字にも表れている。07年3月ごろの利用会員数は月間400万人ほどだったが、ローソン脱退後は300万人を下回った。激減である。ポイントビジネスにとってコンビニがいかに欠かせない存在であるかを、笠原は思い知ることになる。
そして、ローソン脱退から約7カ月後の07年11月20日、全国のファミマ7000店で、Tポイントの取り扱いがスタートした。その効果は抜群だった。月間利用者数は一気に600万人近くに跳ね上がった。スタート以来、最大の窮地に陥ったTポイントはギリギリのところで息を吹き返すことができた。
ファミマはまさしくTポイントにとって「救世主」となった。さらにCCCは上田が率いるファミマと強固な絆を築いていく。ファミマとの二人三脚が、Tポイントをポイント経済圏の覇者へと押し上げていく原動力となったのだ。(敬称略)