「インフレ被害者」の
政治的な不満が強まる
多くの人の所得が、賃金という形で名目値で決められている。インフレが起こると、その実質価値が低下する。したがって、インフレに対しては名目賃金を増やし、実質賃金を一定にしなければならない。
しかし、それができる企業とできない企業がある。大企業の場合には可能だが、中小企業では難しい場合が多い。フリーランサーの場合にはもっと難しい。
一般に、取引の力関係で弱い立場にいる人は、インフレになったからといって、販売価格の引き上げを取引先に要求することは難しい。
インフレの被害者は制度的に賃上げから外されている人々だ。
年金受給者もそうだ。年金も名目値で決められているが、日本の年金制度ではインフレスライドがあるので、実質価値を維持できるように思われる。しかし実際には、現役世代の人口減少を勘案するマクロ経済スライドによって年金額が実質的に減額される。
これまではインフレ率が低かったので発動されないことが多かったが、インフレ率が高くなれば発動される。そうなると、年金の増額は物価の伸びよりも抑制されるため給付水準は目減りし、インフレによって年金の実質価値が下落する可能性がある。
インフレによって利益を得る人は高所得である場合が多いのに対して、インフレによって被害を受ける人は低所得である場合が多い。つまり、インフレは逆進的な税率の税のようなものだ。インフレが最も過酷な税であると言われるのは、もっともなことだ。
したがって、貧富の差がますます拡大し政治に対する不信と不満が強まるだろう。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)