「関心のあるお品物」を尋ねる質問に、田中は「紳士服・靴・バッグ」のほか、「時計・宝飾品」、「酒類」にチェックをつけた。

 それから数日後、百貨店Aの外商部員を名乗る人物から電話があった。「田中様を担当させていただくことになりました石田(仮名)と申します」。彼こそが、田中のタワーマンションに響30年を届けた男性である。

 この電話で田中は、石田からさっそく「外商顧客様限定のお品物」をいくつか紹介された。

 そのなかで、彼の注意を引いたのは、村尾という芋焼酎だった。特に焼酎好きというわけではなく、この酒も飲んだことはなかったが、入手困難な銘柄でネット上で1升1万円以上で売られていることだけは知っていた。

 石田によれば価格はネット上でみた4分の1で1人1本までだという。田中は「買わなきゃ損」だと思い、電話口で注文した。その後、百貨店Aから郵送されてきた村尾を田中は自宅で開栓した。

 そして、グラスを傾けながら、あることを思いついた。

 百貨店Aの外商から定価で購入した希少酒を転売すれば、儲かるのではないか──。

 田中は、定価購入が難しいような希少酒の入荷予定がある際には連絡してくれるよう、石田にメールで頼んだ。

コロナ禍で裾野が広がった
外商顧客のレベル

 ちなみにネット上には、外商顧客に関する記事がいくつもある。「一般人が1万円を使う感覚で100万円を使う」とか、「値段を聞かずに購入を決める」などと、「知られざる世界」として描いているものも多い。

 田中はタワマン住まいとはいえ、年収は1000万円程度の会社員だ。共働きの妻の年収も加算すれば十分に「勝ち組世帯」の水準ではあるが、超富裕層と呼べる程ではないことは確かである。

 では、百貨店Aはなぜ田中を外商顧客として受け入れたのだろうか。背景には、百貨店業界が抱える事情があった。

 業界用語では、外商顧客は「帳場客」と呼ばれる。

 かつて、百貨店Aでは原則として、年間100万円以上の購入実績が3年以上続いている顧客を帳場客候補として招待状を送付していた。そのハードルが2021年に見直され、購買力の伸び代がある45歳以下の顧客に限り、年間の購入額が50万前後であっても、インビテーションの対象とすることとなったのだ。