きっかけは2020年に始まったパンデミックだ。緊急事態宣言などによる人流の制限、時短営業や休業、爆買い中国人をはじめ外国人観光客の入国がストップしたことなどが響き、2020年における全国の百貨店の売上は、前年比25.7%減にまで急激に落ち込んだ。その後は回復基調にあるものの、2023年の時点でもコロナ禍以前の状況にまでは戻っていない。
そうしたなか百貨店Aでは、外商顧客からの売上を向上させることで、この難局を乗り越えようという経営方針が打ち出された。
田中は、百貨店発行のクレジットカードに登録した年齢や利用履歴から、インビテーションの対象になったものと思われる。
外商営業マンの売上ノルマに
貢献する転売ヤー
全国の百貨店が抱える外商顧客は、一説によると250万世帯。そして彼らが、百貨店売上の2割前後を占めているともいわれている。しかし百貨店Aは、外商部門の売上は全体の15%ほどにとどまっており、その強化が長らく課題とされてきた。
外商顧客の対象拡大と同時に、百貨店Aが取り組んだのは、帳場客1人当たりの購入額の増加だ。外商部員たちには月800万円の「努力目標」という名の売上ノルマが課せられた。一方で、月1000万円を上回った部分に対しては、4%を乗じた金額がインセンティブとして支払われる。
一口に外商顧客と言ってもその購入金額はピンキリだ。石田が勤務する店舗の外商顧客は約6万人。しかし、その半数は1年以上にわたってほとんど取引のない「幽霊顧客」だ。一方で、購入金額上位10%の顧客は、外商売上の8割を占めている。
入会したばかりの顧客に「ご挨拶」として電話をかけ、先方の好みに合致する商品をさりげなく紹介する。対面営業が控えられていたコロナ禍には、これが石田の基本業務だった。
自ら積極的に連絡を寄越してくる田中のような顧客は、売上に貢献してくれそうな「有望株」だった。酒類の仕入れ担当者に連絡を密に取り、限定販売品や入手困難品の入荷があれば外商に回してもらえるよう、依頼した。酒類売り場側も、希少酒は抽選販売などを行うことで集客につなげたいという思惑があるため、そのすべてを譲ってくれるわけではない。また、同じく希少酒を所望する顧客を持つ別の外商部員が先に在庫を押さえてしまうこともあるため、情報力と交渉力がカギとなる。