今回の交流の目玉は、あるミュージカルの鑑賞だった
劇団ラハプは設立当初から、プロの歌手、ダンサー、舞台芸術家など、専門家の協力を得て舞台づくりや日常的なレッスンを行っている。舞台芸術の専門家たちは、“歌もダンスも覚えるのが苦手な知的障がい者の、一生懸命に演技に取り組む姿が、商業ミュージカルとは異なる種類の感動をもたらす”と考え、この団体の活動をサポートしているという。
劇団ラハプの団長は、知的障がいのある青年の母親でキム・ジェウンさんという。キムさんは、政界や経済界、芸能界、メディアにもネットワークを広げている。そのネットワークなくしては、専門家の協力、運営費や活動資金の獲得、さまざまな企画の実現なども難しい。キムさんが目指すのは、知的障がい者が働く劇団の運営だけでなく、障がい者の文化芸術振興への貢献でもある。
そんな多忙な中でも、キムさんは神戸大学との関わりを大切にし、毎回さまざまな体験を工夫して、学生たちに提供してくれる。劇団員の練習に神戸大学の学生が参加したり、劇団員と学生が一緒に旅行を楽しんだり、キムさんの企画提案を聞くたびに、私の心は躍る。
今回のスタディツアーでの交流の目玉は、韓国の大手企業(以下、A社)と劇団ラハプの協働で実現したミュージカル公演の観劇であった。
このミュージカル公演は、A社が社団法人ラハプに協力を依頼して実現した、社員研修の一部である。社員やその家族が、劇団ラハプの団員と共にミュージカルの舞台を創っていくアクティブな“参加体験型研修”である。私たちも、関係者や家族たちに交ざって、このミュージカル公演を観劇した。舞台は、A社の研修所内のホールに設置され、華やかな大道具、幻想的な照明に彩られていた。その中で、A社の社員たちとラハプの団員たちが、生き生きと物語を演じていった。
この公演に至るまでに、A社の社員たちは就業時間後の夜間に集まり、劇団ラハプの団員と共に、3ヵ月間にわたる練習を重ねてきたという。プロの舞台芸術家や演出家らが研修を盛り立て、社員たちは家族も巻き込んで演技にのめり込んでいった。
公演の日の会場受付近くの大画面モニターには、この研修の過程を紹介する動画が放映されていた。A社側が制作したその動画には、劇団ラハプの紹介や、知的障がい者が舞台で演技することの難しさの説明などに続いて、舞台づくりに参加した人たちの声が収録されていた。A社の社員は、「練習どおりにいかなくて物足りなさもあったけど、劇団関係者のみなさんと意思疎通ができて新鮮だった」「会社員としての生活の中ではミュージカルをするなんていう経験はなかなかできないので、こんな機会をつくってくださって、感謝しています」などと語っていた。
A社は、韓国を代表する大企業である。保守的な企業風土が残るなか、今回の研修はとても斬新だったという。期せずして、その現場に立ち会った私も、“多様性と共生の近未来”を見た気がした。