手軽になった動画ツールや情報は、私たちの学びにどのような影響を与えるか

学生をはじめとした若者たち(Z世代)はダイバーシティ&インクルージョンの意識が強くなっていると言われている。一方、先行き不透明な社会への不安感を持つ学生も多い。企業・団体はダイバーシティ&インクルージョンを理解したうえで、そうした若年層をどのように受け入れていくべきなのだろう。神戸大学で教鞭を執る津田英二教授が、学生たちのリアルな声を拾い上げ、社会の在り方を考える“キャンパス・インクルージョン”――その連載第16回をお届けする。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)

* 連載第1回 「生きづらさを抱える“やさしい若者”に、企業はどう向き合えばよいか」
* 連載第2回 ある社会人学生の“自由な学び”から、私が気づいたいくつかのこと
* 連載第3回 アントレプレナーの誇りと不安――なぜ、彼女はフリーランスになったのか
* 連載第4回 学校や企業内の「橋渡し」役が、これからのダイバーシティ社会を推進する
* 連載第5回 いまとこれから、大学と企業ができる“インクルージョン”は何か?
* 連載第6回 コロナ禍での韓国スタディツアーで、学生と教員の私が気づいたこと
* 連載第7回 孤独と向き合って自分を知った大学生と、これからの社会のありかた
* 連載第8回 ダイバーシティ&インクルージョンに必要な「エンパワメント」と「当事者性」
* 連載第9回 “コミュニケーションと相互理解の壁”を乗り越えて、組織が発展するために
* 連載第10回「あたりまえ」が「あたりまえではない」時代の、学生と大学と企業の姿勢
* 連載第11回「自由時間の充実」が仕事への活力を生み、個人と企業を成長させていく
* 連載第12回 “自律”と“能動”――いま、大学の教育と、企業の人材育成で必要なこと
* 連載第13回 特別支援学校の校長を務めた私が考える、“教え方と働き方”の理想像
* 連載第14回「いかに生きるか」という問いと、思いを語り合える職場がキャリアをつくる
* 連載第15回 なぜ、学生たちは“ボランティア”をするのか?――その背景を知っておくことが大切

コロナ禍の大学で身近になっていった“動画教材”

 2020年の春、私たち大学教員は、コロナ禍で意気消沈している学生たちの姿を想像しながら、オンライン授業やオンデマンド教材の作成を通して学生たちを勇気づけようとしていた。Zoomなどのオンライン会議システムについて調べ、ブレイクアウトセッションやチャット機能の有効な使い方を探り、動画編集ソフトや動画用プレゼンテーションソフトの操作を学んだ。学生たちも、当初は私たちの努力に応えて、オンライン上でもそれなりに盛り上がったが、次第にパソコンの前に張りつく毎日に飽きていく気配が、画面越しの学生たちから感じられるようになっていった。

 2021年度になると、私たち教員は、ハイブリッド形式で行う授業の方法を模索するようになった。なるべく、教室のリアリティを伝えるように工夫したり、音声をハウリングさせずにしっかり届けることができるように試行錯誤したりした。そのための機器をあれこれ購入しては、その効果に一喜一憂した。

 こうして、短期間に、新しいICTツールが大学教育の現場に押し寄せた。私たちは、それらのツールがもたらすデメリットに漠然とした不安をもちながらも、よくよく考える間もなく、必要に迫られてノウハウとスキルを詰め込んだ。

 最近ではChat GTPなどAIツールの教育現場での活用が話題になっているが、私自身のリアリティはまだ、モニターとスピーカーに頼る動画ツールをいかに使いこなすかというところで足踏みをしている。私が念頭に置いている動画ツールとは、ZoomやTeamsなどのオンライン会議システムの他、YouTubeやTikTokなど、それぞれの特徴に応じて選択的に利用できる動画アプリである。既に若者たちの間では日常的な情報取得の手段となっている動画ツールが、学生たちにどのような学習効果をもたらすのかということについて、私の頭の整理ができていない。

 思えば、私たち昭和世代も、動画を使って学んだ経験を共有している。それらは、教室に設置されたブラウン管テレビや教室の隅に吊り下げられたモニター画面を通して、みんなで鑑賞する動画で“視聴覚教材”と呼ばれていた。多くの場合、視聴覚教材は先生の話よりもわかりやすいうえにおもしろくて、私は「今日の授業ではテレビを観ます」という先生の声にワクワクしたのを覚えている。

 現在の学習者にとっての動画ツールは、かつての視聴覚教材とはまったく異なる性質をもっている。動画サイトが急速に発達した学習環境では、学習者は手軽に膨大な量の動画情報から選択的に学ぶことができる。いまや、動画ツールは、授業の補助としてではなく、リアルな授業に代わり得るものになったのだ。動画ツールの普及は、学び方や学ぶ内容さえも変えてしまう力をもっているといえる。

 急速に私たちの生活に入り込んできた動画ツールは、前の世代とは異なる学びの経験を学生たちにもたらしている。そうした新しい経験を学生たちの世代はどのように受け止めているのだろうか。学びに動画ツールが不可欠となった若い世代の感覚に分け入ってみたい。