知的障がい者と大企業社員が共演する舞台を観て…

 劇団ラハプ団長のキムさんは、今回も神戸大学の学生たちのために目いっぱいの企画を準備してくれた。学生たちは、女性障がい者が抱える困難の解決に奔走してきた国会議員や運動家との懇談会などで学び、夜は街歩きなどを楽しんで、刺激的な数日を送った。ミュージカルを観劇したのは、疲労もピークに達するスタディツアーの最終盤だった。私は、涼しい劇場で椅子に身を沈めた途端、学生たちに睡魔が襲ってくるのではないかと心配したが、どうやら、それは杞憂だった。学生たちは、リハーサルからカーテンコールまでの舞台でのできごとを、最後まで食い入るように見守っていた。

 日本語の解説も字幕もないミュージカル観劇なので、リハーサルを見守る学生たちは、俳優たちのセリフもストーリー展開もまったく理解できなかったはずだ。それでも、劇に没頭する学生たちは、どうやら、ストーリーを超える何かを舞台から感じている様子だった。

 私たちが観劇したミュージカルは、劇団ラハプの知的障がいのある団員たちと、A社の社員たちが一緒に創りあげた「DREAMERS」という作品で、ざっと、次のようなあらすじである。

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主人公は、娘が言葉をうまく使えないことに気を病む父親で、この主人公が、夢の中で言葉をたくさん持っている娘と語り合う。夢から覚めても、娘と語り合えた喜びを忘れられないが、現実には言葉を発しない娘に失望する。そこで主人公は、夢の中に再び入り、娘を探し回る。娘を探す過程でいろいろな人たちと出会いながら、希望、許し、勇気などの大切さを思い出していく。夢から覚めた主人公は、あるがままの娘を愛することのできる父親となって、娘と再会する。
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 主人公役はA社の社員が、娘役は劇団ラハプの団員が演じていた。A社の社員が素人であること、また、劇団ラハプ(障がい者がキャスト)は歌やダンスで「周囲と合わせる」ことの苦手な人たちが多いことは一目でわかる。しかし、それぞれの表現力を生かすことのできるキャスティングによって、全員が熱のこもった演技にそれぞれ没頭しつつ、全体として調和のとれた舞台となっていた。

 リハーサルであらすじなどを把握した私は、本番までの合間に学生たちに情報を伝えた。本番の観劇ではそれも学生たちの助けになったのだろう。帰国してから聞いたところ、このミュージカル観劇がスタディツアー全体でも最も心に残ったと答えた学生が多かった。

 ある学生は、スタディツアーをふりかえった文章で、次のように述べている。

「ミュージカルの舞台を創り上げるのはとても難しいことなので、作品の完成度には期待をしていなかったが、リハーサルが始まった瞬間からすぐに演技・ダンス・歌に引き込まれてしまった。本番が始まる前に演者たちが円陣をつくり、企業関係者も障がいのある劇団員も境目なく、全員一体のチームとして最高の舞台を創り上げる雰囲気があった」

 学生たちは、このスタディツアーから、「障がい者をいかに支援していくか」ということ以上に、「心の壁を壊すことで、共生に向けて具体的に行動していくこと」の大切さを実感したようだった。企業研修で知的障がい者の劇団と一緒にミュージカルの舞台を創り上げていくという経験が、A社の社員が無意識にもっている「心の壁」を自然なかたちで壊している様子を目撃したと、学生たちは感じたようだ。