異質性との出合いが「普通」「当たり前」にゆらぎを与える
今回見学した、A社の社員研修のかたちに、私自身も心を動かされた。これまでであれば、こうした取り組みは社会貢献やCSRに位置づけられてきたと思う。もちろん、社会貢献やCSRが企業社会に広がっていくことは、社会の発展にとって大きなプラスだ。とはいえ、社会貢献やCSRは、障がい者を支援の対象としてみなす場合が多い。「障がい者のために何かをやってあげる」という姿勢だけでは、「心の壁」は壊されにくい。それに対して、今回の社員研修では、社員たちが障がい者と共に成長することを目指していた。この設定の中では、「やってあげる人たち」と「やってもらう人たち」の関係にとどまっていることはできない。
社員たちは、障がいのある劇団員と一緒にミュージカルに取り組むことで、さまざまな人間的な成長の機会を得る。表現することを通して自己理解と他者理解を深めること、他者や自分自身の表情や言葉に意識を向けること、家族との共同作業の機会をつくること、人間の多様性に対する理解を深めること――こうした学びは、職業人としての人格形成、現代社会における自分の仕事の位置づけの理解、ワークライフバランスのヒントなど、多様な意味を持ちえる。障がい者と関わることで社員が成長することを期待するA社という企業の存在は、ダイバーシティ&インクルージョンの時代にふさわしいと私は感じた。
このような研修が実現した背景に劇団ラハプの存在があることは、改めて述べるまでもないだろう。知的障がい者のミュージカル上演という困難な冒険への挑戦をする集団があり、それを支える組織や人がいる。代表のキムさんは、「文化芸術振興法」という韓国の法律が大きな助けになっていると話す。この法律は、国や自治体が設置している文化施設が、定期的に障がいのあるアーティストによる公演等を実施しなければならないと規定している。出自であるナザレ大学からの応援だけでなく、文化施設との連携、企業や市民の参加など、劇団の自律的な運営を成り立たせる社会的基盤ができつつある。
社会が支えることによって成長してきた劇団ラハプの力を、今度は社会が活用しようとする段階に入ってきたのだとも言えるだろう。その挑戦の一端が、今回の社員研修に表れていたように思う。知的障がい者のミュージカル公演を社会的に意味づけて、社会を変えていく力、あるいは新しい文化を創造する力として活かそうとする挑戦である。
このような社員研修は、研修中に起こるできごとや、社員が研修を通して学ぶ内容について、あらかじめ予測したり計算したりすることが難しい。「研修企画者が意図した内容を研修参加者が正しく学ぶ」という研修イメージとは対極にある、偶発性に大きく依存した研修だからである。
体験型の学習は、一般的に、日常の生活や仕事の中にはない非日常的な出合いが、学びの契機になる。異質性との出合いが、日常の生活や仕事を相対化し、学習者が無意識に受け容れている「普通」「当たり前」にゆらぎを与える。「正しい知識」を身に付けさせる目的の研修であれば、講義やオンデマンド教材による研修で十分だろう。偶発性に依存した体験型の研修では、社員たち自身が「問い」を立て、他者と共に「自分たちにとって正しい答え」も見つけださなければならない。「不確実性の高い時代に適した研修」と言うこともできる。
知的障がいのある劇団員との協働作業は、企業の社員にとって、まさに非日常的な経験の連続だったのではないか。普段は体験しないできごとを楽しみながら舞台を創り上げた社員たちの姿を想像しながら、私たちは「DREAMERS」を観劇した。
私は、このような企業や自治体の研修が、日本でも広がっていってほしいと思った。こうした研修は、副次的な効果も含めて、多義的な意味を持ちえる。研修活動自体がダイバーシティ&インクルージョンの価値を体現しているだけでなく、社員を縛っている「普通」「当たり前」をゆるがし、ダイバーシティ&インクルージョン時代に求められる職業人としての人格形成に貢献する研修として発展する可能性を秘めている。
私たちは、障がい者との協働をイメージするとき、「障がい者のために何ができるか」という発想をもつことに慣れてしまっている。この発想に加えて、ダイバーシティ&インクルージョンの時代に必要なのは、「社会全体が、障がい者の力を十分に活かすために工夫することを学んでいく」という発想を取り入れていくことではないだろうか。
目指すべきは、すべての人が自分のポジションを得て、自分の役割に没頭することができ、しかも、全体として調和のとれている組織である。そのような組織は、成員たちが共に生き、働くことを学ぶ文化の上に成り立つ。個々人の長所を認め合い、短所を補い合う関係が成り立つためには、不断のコミュニケーションを通してお互いを理解し合い、尊重し合わなければならないからである。今回、私たちが目撃した韓国での企業研修のかたちは、そうした組織文化を育てていく方法として、ヒントを与えてくれているように思う。
挿画/ソノダナオミ