韓国の大手企業が知的障がい者の劇団と取り組んだ研修――その目的とは?

学生をはじめとした若者たち(Z世代)はダイバーシティ&インクルージョンの意識が強くなっているとい言われている。一方、先行き不透明な社会への不安感を持つ学生も多い。企業・団体はダイバーシティ&インクルージョンを理解したうえで、そうした若年層をどのように受け入れていくべきなのだろう。神戸大学で教鞭を執る津田英二教授が、学生たちのリアルな声を拾い上げ、社会の在り方を考える“キャンパス・インクルージョン”――その連載第17回をお届けする。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)

* 連載第1回 「生きづらさを抱える“やさしい若者”に、企業はどう向き合えばよいか」
* 連載第2回 ある社会人学生の“自由な学び”から、私が気づいたいくつかのこと
* 連載第3回 アントレプレナーの誇りと不安――なぜ、彼女はフリーランスになったのか
* 連載第4回 学校や企業内の「橋渡し」役が、これからのダイバーシティ社会を推進する
* 連載第5回 いまとこれから、大学と企業ができる“インクルージョン”は何か?
* 連載第6回 コロナ禍での韓国スタディツアーで、学生と教員の私が気づいたこと
* 連載第7回 孤独と向き合って自分を知った大学生と、これからの社会のありかた
* 連載第8回 ダイバーシティ&インクルージョンに必要な「エンパワメント」と「当事者性」
* 連載第9回 “コミュニケーションと相互理解の壁”を乗り越えて、組織が発展するために
* 連載第10回「あたりまえ」が「あたりまえではない」時代の、学生と大学と企業の姿勢
* 連載第11回「自由時間の充実」が仕事への活力を生み、個人と企業を成長させていく
* 連載第12回 “自律”と“能動”――いま、大学の教育と、企業の人材育成で必要なこと
* 連載第13回 特別支援学校の校長を務めた私が考える、“教え方と働き方”の理想像
* 連載第14回「いかに生きるか」という問いと、思いを語り合える職場がキャリアをつくる
* 連載第15回 なぜ、学生たちは“ボランティア”をするのか?――その背景を知っておくことが大切
* 連載第16回 手軽になった動画ツールや情報は、私たちの学びにどのような影響を与えるか

“韓国スタディツアー”で、学生たちが体験したこと

 海外に行くと、いやがおうでも“多様性”を体感する。海外で言葉が通じない体験、日本では当たり前のことが通用しない体験、何かと生活上の不便を感じる体験は、自分自身がマイノリティの立場に置かれる経験でもある。私は、こうした経験がダイバーシティ&インクルージョン時代を生きる学生たちには不可欠だと考えている。そこで私は、ほぼ毎年の夏に「韓国で多様性と共生を体感する旅」と銘打った“韓国スタディツアー”を実施している。昨夏も神戸大学の12人の学生を韓国に連れて行った。

 韓国の天安市に到着した初日、レンタルした6LDKの部屋に学生たちを押し込んで、引率者の私は近くのビジネスホテルに泊まり、熟睡した。早朝に目が覚めると、学生たちからLINEが大量に届いていることに気づいた。メッセージには、夜中に断水して、シャワーもトイレも使えなくなってたいへんだということが書き綴られていた。学生たちは水やトイレを探して付近をさまよったらしい。熟睡していて気づかなかった私は、学生たちに平謝りしながら、貸主に連絡を取った。

 学生たちには気の毒だったが、誰かに助けを求めようとしても言葉が通じなくて事情を説明できなかったり、日本だったらトイレがあるはずと当たりを付けた場所がハズレだったり……など、日本では体験できない不便さを体験したようだ。12人の学生たちが協力し合いながら危機を乗り切ったようで、迷惑をかけた私が言うことではないが、学生たちにはいいハプニングだったのかもしれない。今回のスタディツアーは、そんなふうに始まった。

 翌日から3日間のプログラムは、韓国ナザレ大学の学生たちとの交流だ。韓国の学生たちは、神戸大学の学生たちのために、韓国語講座を実施し、また、韓国の歴史を一望できる大規模博物館や社会福祉施設の見学ツアー、それに夕食会を企画してくれた。韓国ナザレ大学は、障がいのある学生を積極的に受け入れており、特に知的障がいのある学生のための学部を持つ世界的にも珍しい大学で、共生社会に深い関心のある学生が集まっている。骨身を惜しまずに神戸大学からの客人を歓待してくれる背景に、こうした大学の特性があるのかもしれない。

 韓国の学生たちのもてなしもあって、日韓の学生たちは急速に親密になっていく。日韓どちらの学生も、お互いの言葉はほとんど学んだことがなく、かと言って、英語も得意ではないため、言葉の壁はとても高い。このところ急速に発達したスマホの翻訳機能を駆使しながら、必死に意思疎通を図ろうとするうちに、笑顔と会話が増えていく。

 3日間の韓国ナザレ大学との交流の後は、ソウル市に移動し、知的障がい者とその親たちが取り組んでいるミュージカル劇団(社団法人ラハプ)との交流に移る。劇団ラハプは、韓国ナザレ大学に在学していた知的障がい学生のクラブ活動として、学生の親たちが組織した団体である。知的障がい学生は、授業では充実した時間を過ごせても、放課後や休日の時間をもて余す傾向にあり、見かねた親たちが放課後の活動を準備したというのが劇団設立の経緯である。徐々にこの活動の社会的な意義を認められるようになり、現在では「社団法人」に発展してソウルの街中にオフィスを構えている。