伝統から革新を生み出すには？

 

なぜいま「シン日本流経営」が必要なのか──

日本流経営は優れた元型を持ち、利他心、人基軸、編集力という日本ならではの「本（もと）」を軸に守破離（しゅはり）を繰り返し、世界で存在感を示してきた。では、なぜ多くの日本企業がそれを見失い、平成、令和という2つの時代を通じて競争力を低下させ続けることになったのか。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられたのもつかの間。バブル崩壊とともに一気に自信喪失に陥り、アメリカ流の株主至上主義に思い切り舵を切っていった。日本流を封印し、「世界標準」モデルを取り入れようとした結果が、平成の失敗を招いてしまったのである。

そもそも世界標準というものは、世の中に存在しない。取り返しがつかなくなる前に、我々は日本流の本質を取り戻し、それを「シン日本流」にアップデートさせる知恵を発揮しなければならない。 

第1回はこちら

日本流の本質を見極める

そもそも日本流とは何か。そして日本流経営とは。「シン」を論じる前に、まず「元型（げんけい）」をしっかり確認していくことから始めたい。

元型、アーキタイプとは、集合的無意識で働く「人間に共通する心の動き方のパターン」を指す。分析心理学者ユングが提唱した概念で、神話や伝説、夢などに、時代や地域を超えて繰り返し表出してくる。

たとえば、日本神話で言えば、太陽神・アマテラスオオミカミは英雄（ヒロイン）の元型である。一方、荒ぶる神である弟・スサノオノミコトは、トリックスター（破壊的創造者）の元型といえるだろう。

元型は言わば原風景であり、出発点である。いつまでもそこに留まっていたり、原点回帰するのではなく、時代に合わせて変容していく。現代の日本的ヒロインやトリックスターの姿も、2つの元型からは大きく進化している。

日本流も時代とともに大きく進化してきた。日本神話を元型とする神道に、仏教や儒教が流れ込み、近世には武道や町人道などが形づくられていった。明治維新以降は、怒涛のように押し寄せる欧米流をたくみに取り込んで、「文明道」（福沢諭吉）や「科学道」（理化学研究所・編集工学研究所の同名プロジェクトより）をはじめとするさまざまな流儀が生み出されていった。

「日本流経営」も、同様に進化し続けてきた。近世には「三方よし」で知られる「近江商人道」、そして明治維新以降は渋沢栄一の「論語と算盤」に代表される公益資本主義、戦後には人本（じんぽん）主義（伊丹敬之・一橋大学名誉教授）などが時代の大きな潮流となっていった。

しかし、進化の中にも元型が色濃く影を落としている。それは折々の進化形それ自体ではなく、進化のダイナミズムに見出すことができる。その共通項として、「和化（わか）」「異化（いか）」「空化（くうか）」の3つの運動をくくり出せるのではないだろうか。

「和化」とは、足し合わせること。言い換えれば、異質なものを同質化する力。聖徳太子の十七条憲法の第一条「和をもって貴しとなす」という教えが典型的だ。密教の大日如来を、神道のアマテラスと重ねてとらえてみることもその派生形といえるだろう。

「異化」とは、異質なものを共存させること。既存のものに取り込もうともせず、逆に拒絶することもせず、別の可能性、選択肢として受け入れる。相対化と言ってもいいだろう。八百万の神々が共存することこそ、その一つの原風景である。

「空化」とは、異質なものにとらわれないこと。そして常に心を開き、変化し続けること。仏教における空とは、何事も固定的なものなどない、という教えである。そのような境地を、道元禅僧は「身心脱落（しんしんだつらく）」と呼ぶ。身心が一切の束縛から解き放たれて自在の境地になることである。

この3つの日本流の作法は、経営の世界においても広く浸透してきた。「和化」とは、欧米の先進的な経営手法を取り込みながら、日本独自の経営モデルに仕立て上げる力を指す。「異化」とは、多種多様な経営手法、たとえば日本モデル、シリコンバレーモデル、中国モデルなどを共存させる流儀を指す。「空化」とは、松下幸之助翁や稲盛和夫翁が唱え続けた「とらわれない心」を指す。

このような3つの日本流の運動論を、進化のリズムにまで昇華させたモデルとして、「守破離」という手法が注目される。守が「和化」、破が「異化」、離が「空化」を内包したものである。