妻が問い詰めても、約束を破った夫はただ下を向いて黙っている。そんなことが何度も続いた。ある日、夫から言われたことを妻は語る。
「『ごめん』って。『オレ、本当は飲みたいんだ、飲ませてほしい』って。ローンもあるし子どもはまだまだお金がかかるし、夫に働いてもらわないと困る。お酒が仕事の糧になるんなら、飲ませてあげてもいいのかなって……。『じゃ、週に5日、缶チューハイ2本までよ』って、家で飲む量を増やしてあげたんです」
勇は言う。「1日2本なんて、そんな量じゃとても足りません。家に隠すとすぐにばれるから、朝、駅までの出勤途中にコンビニで強い酒を買い、まず店の前で飲んで、会社の行き帰りにすぐ飲めるよう、街路樹の植え込みとか、駅の近くの公園の雑草の中とかに隠しておく。
いろんなところに隠すから、どこに隠したか忘れてしまう。ペットボトルにジンやウォッカを入れ替えいつも持ち歩いて。そうなったらもうダメです」
思い返すと地獄
親不孝とは思わず
5回目の入退院から間がない頃だった。「また飲んだ」「飲んでない」「飲んだじゃない!!」と、いつもの口ゲンカをしたが、このときの洋子は違っていた。
「いつもいつもウソばっかりついて、もう一緒に暮らすのは嫌だ!!」
勇は呆気に取られた。飲酒をガミガミ言われるのは慣れていたが、家から出て行ってほしいと妻から言われるのは初めてだった。
酔いが醒め、一瞬、現実に引き戻される。と同時にこれまで妻についてきたウソの数々が、自責の念となって勇を襲う。
「わかった、オレが出て行くよ……」
勇は一言そう言うとボストンバッグに身の回りのものを入れ、家を出て東京郊外の実家に転がり込み、居候暮らしをはじめる。父親はすでに他界し、実家には80歳を過ぎた母親が1人で暮らしている。
5回目の退院のあとの1年間はほとんど休職していた。実家でも、やることといえば酒を飲むことだ。その当時のことを勇は語る。