でもね、酒が飲みたい。酒代をくれと言っても息子は出してくれない。息子の財布から金をくすねる誘惑にかられましたが、さすがにそれはできなかった。
何回かコンビニで酒を万引きしたんです。酒が飲みたくて必死だった。ある日、コンビニの店長に万引きが見つかって……」
店長が警察に連絡し警官が駆け付けて、「警察署に同行してもらいます」と勇に告げる。もしかしたら今夜は帰れないかもしれないと危惧した勇は、「ちょっと息子に言っておかないと」と、警官とともに自宅に戻った。
温厚な息子がブチギレ
妻も泣き崩れた
「もしかしたら今日帰れないかもしれない」「帰れないかもしれないって、どこに行くんだよ」。
息子が父親に聞き返す。何もかも情けなかった。今さら言い訳をする気力も失せていた。父は息子にありのままを告げる。
コンビニで缶チューハイを万引きして捕まった、これから警察署に行く、ただただ酒が飲みたくてどうしようもなかった、と。
「何やってんだよ!!」
温厚な義男が狂ったように大声を上げ、泣きながら壁にガンガンと何度も頭を打ちつけた。
これまで子どもに手を上げたことも酔いに任せて暴言を浴びせたこともなかった。義男も「お父さん、この前、サッカーの試合を見に来たとき、ちょっとお酒臭かったね」と、軽い調子で告げるぐらいで、父親の飲酒をきつい言葉でとがめたことは1度もなかった。
でも、息子はずっとずっと、アル中の親父のことを我慢していたんだ……
我が子の感情が爆発する様を目にして、これまで押し殺してきた息子の思いが、勇の胸に突き刺さった。

根岸康雄 著
義男だけで受け止めるには余りあると神様が考えたのか。たまたま妻が家を訪れる。妻も事情を知りその場に泣き崩れた。警察署には妻と一緒に行った。
事情を聴き取られたが横で妻は夫以上に「申し訳ありません」「すみません」と、何度も頭を下げていた。
勇は言う。「この病気は底をつかないとダメだと、よく言われます。“底つき”というのですが、僕にとってこの缶チューハイの万引きは底つきの一つでした」
ほどなく、勇は久里浜医療センター(編集部注:アルコール依存症をはじめ各種依存症の専門治療を中心に行っている医療施設)のアルコール病棟に6回目の入院をする。