バーの常連の酒飲みのように
ハエは発酵した果実を味わう
マルラで酔っぱらうことで、ショウジョウバエは酵母菌も吸収する。そして、ぶんぶんうなる大きな宇宙船のような自分の体の中に酵母菌をすまわせる。その後、ハエは人間と知り合った。人間が棚に置きっぱなしにしたことで発酵した果物を端から味わい、そこにふんだんに含まれているアルコールを楽しんだ。そして少しずつ、まるで酒飲みがバーの常連になるかのように、酵母菌を懐に携えたまま人々の家にすみついたのだ。
ショウジョウバエがバケツに落ちる以前、チーズは存在しなかった。人間がどんなにミルクをかきまぜても、貧相なヨーグルトか、せいぜい腐って酸っぱくなったミルクしか手に入れられなかった。ヨーグルトマシンをセールで買ったばかりでまだ使い方がわからない素人がつくったヨーグルトみたいなものだ。要するに、まずかったのだ。
ハエが溺れると、ハエの体内にすんでいたクルイウェロミセス・ラクティスはハエの体という船から離れた。その結果、酵母菌は過酷な環境に投げ出された。バケツの中には食べられるものはない。果実に含まれる糖分に慣れていた彼らは、ミルクに含まれる糖分である乳糖を分解することができなかった。だが、幸いにもそこで思いがけない出会いがあった。バケツの中には乳糖を分解する別の酵母菌、クルイウェロミセス・マルキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)がすんでいたのだ。これは、人間の味覚が受けつけなくなった、発酵したミルクをも消化できる酵母菌だ。
クルイウェロミセス・ラクティスは、あっという間にクルイウェロミセス・マルキシアヌスの魅力の虜になったようだ。この2つの酵母菌のあいだで何が起こったかは秘密ということにしておくが、その愛の営みの結果、乳糖を分解できるだけでなく、そこにおいしい風味を加えることのできる、かわいい子どもたちが誕生した。両親から最高の遺伝子を受け継いだ酵母菌だ。